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空海が弘法大師となったのは、空海が入定してから86年後のことだった。その後、弘法大師信仰を育んでいった人々の心情とは

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年6月11日

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空海が弘法大師となったのは、空海が入定してから86年後のことだった。その後、弘法大師信仰を育んでいった人々の心情とは

最澄に遅れること55年、空海は弘法大師になりました。空海が弘法大師を賜ったエピソードが残っています。空海が弘法大師となった後に生まれた弘法大師信仰についても、合わせて見ていきましょう。

空海と弘法大師は同一人物

「弘法筆を選ばず」「弘法も筆のあやまり」などのことわざを耳にしたことがある人は多いでしょう。弘法とは弘法大師のこと、つまり空海のことです。空海はいつごろ、なぜ、弘法大師になったのでしょうか。

まずは「大師(だいし)」について見てみよう

大師とは人を教え導く偉大な師という意味です。唐では高僧に対する敬称として用いられ、日本では朝廷から高僧に与えられる諡号(しごう)(生前の徳を讃え、死後に与えられる名前)となりました。

日本で初めて大師の諡号を与えられたのは、最澄と円仁(えんにん)です。866年、清和(せいわ)天皇は最澄(没後44年)に伝教大師(でんぎょうだいし)、円仁(没後2年)に慈覚大師(じかくだいし)の諡号を与えています。円仁は最澄の直弟子で、日本密教の発展に寄与した第3代延暦寺座主(えんりゃくじざす)です。

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