トップ >  未分類 > 

「トンネルのまち横須賀」で”トンネルの辻”を歩く

「トンネルのまち横須賀」で”トンネルの辻”を歩く

三浦半島に位置する横須賀市は、海岸近くまで山が連なり海が深く入り組んだ地形を活かして、明治時代から軍港として栄えてきた歴史があります。港と港の間や京浜方面とを結ぶ軍事上の重要な輸送路として多くのトンネルがつくられました。また谷戸と呼ばれる丘陵状の入り組んだ地形に街が広がっていったことで、街と街とをつなぐトンネルも多く設けられ、市内には道路用、鉄道用など長短約150以上のトンネルがあるといわれ「日本一トンネルの多い街」というキャッチフレーズも掲げられています。

そんな”トンネルがいっぱい”横須賀市観光協会が主催する「トンネルのまち横須賀」体感ツアー。トンネルに詳しい講師の解説を聞きながら、ふつうの観光ツアーでは決して踏み込まない市内のさまざまなトンネルを巡ることができると好評、満員御礼でキャンセル待ちが出た回もあるそうです。第5弾の今回は京急電鉄のトンネルと田浦地区のトンネル群を訪ねます。

京急線の「4連続トンネル」かぶりつき!

まずはじめに今回訪れるエリアを地図で御覧ください。
京急線逸見駅から電車と徒歩でトンネルを巡り、横須賀線の田浦駅を目指します。

地図をクリックすると拡大表示になります。

やや曇り模様の秋の3連休の初日、横浜から電車で約30分の京急線逸見駅が集合場所です。
ガイドはお馴染み、トンネルツーリズムプランナーの花田欣也さん。参加者にはイヤホンガイドが配布され、歩きながらでも、少し離れていても、車の音が入っても花田さんの解説をはっきり聞くことが出来ます。参加された方は市内、神奈川県内、県外からと様々。女性の比率が多いのも印象的でした。

雨が上がった静かな逸見駅。花田さんがツアー参加の方に行程や注意事項などを説明しています。

駅からスタートしてトンネル目指して道を歩き・・・ではなく、いきなり改札口からホームに上がります。逸見駅上り線ホーム、横浜寄りの先端には、隣の安針塚駅との間にある4つのトンネルがすべて直線で見通せるという、電車&トンネルのベストスポットがあります。

京急線はいくつものトンネルで三浦半島の丘陵を抜けていきます。

京急線は横須賀市内だけで18本のトンネルがあるなど、首都圏の私鉄では希なトンネル数を誇っています。横須賀市内に京急線が開通したのは昭和5年(1930年)のこと、戦前から90年以上経ったトンネル群が”今なお現役”で三浦半島の輸送を担っている姿を、花田さんが感慨深く解説しています。

トンネルを抜けて真っ直ぐに走ってくる電車をウォッチできるポイントです。

窓が大きな京急の電車からは前方がよく見通せます。

逸見駅から上り電車に乗ったツアー一行は、先頭車輌の運転席の後ろに陣取り、いわゆる”かぶりつき”で4連続トンネルの通過を堪能しました。JRや他の私鉄ではトンネル内は運転席後ろのブラインドを閉めるのが一般的ですが、京急線は開けたまま通過するケースも多く、”トンネル観察”には最適です。

隣の安針塚駅で電車を降り、下り線ホームに移動します。ホームのすぐ横に「長浦第2トンネル」の力強いコンクリートの壁面がそびえます。
「昭和初期のコンクリートブロックの形状がよく残っていますね。急峻な傾斜に面したブロックや頑丈な積層に工事の苦労が忍ばれます」と花田さん。

「実は、自分は”鉄”でもあるのですが、トンネルから電車が飛び出す瞬間の迫力はたまらないですね」

ホームの端がすぐトンネルの安針塚駅。重厚なつくりに花田さんの解説も高まります。

上り電車がトンネルを出る一瞬がシャッターチャンス。

住宅街に突然現れる大きなトンネル


再び電車で京急田浦駅に移動、ここからは徒歩で横須賀の街を歩きます。自動車が行き交う国道16号から県道へ、更に脇道に入り住宅街の中を進みます。谷に沿った道は曲がりくねってはじめは緩やかな上り坂ですが、だんだん勾配がきつくなり次第に高さを増していきます。

京急線のガード下をくぐって三浦半島の山側に進みます。

車通り、人通りの少ない道を進みます。坂がだんだんきつくなっていきます。

かなり高くまで上ってきました。

山の上はちょっと新興住宅地のような感じです。

坂を登りきった台地にも住宅が広がっていました。谷筋とはぱっと見でも年代の違いがわかる、ちょっとお洒落な色合いの、比較的新しそうな家が並んでいます。小規模な「○○ニュータウン」のような静かな街並みに”余所者ツアーご一行”は自然と遠慮がちになって歩いて行きます。そして角を曲がってゆるやかなカーブの先に・・・唐突に大きなトンネルが現れました。

パステル調の住宅街の先に大きく口を開けたトンネルが・・・

大山田トンネルです。平成11年なので横須賀のトンネルのなかでは比較的新しいですね。この大きさには圧倒されます。ではなぜここにトンネルをつくったのでしょう?なぜこんなに大きいのでしょう?」
花田さんが語りかけます。


トンネルの脇を固める擁壁の巨大さもチェックしましょう。

緑の中に佇む煉瓦トンネル

大山田トンネルを抜けてすぐ右に、こちらは草が生え木々が茂る道の先に煉瓦済みのトンネルポータル(坑口)がやや幽艶な姿を見せています。閉鎖されているのが残念ですが、大正7年頃に建造された水路用のトンネル「盛福寺管路ずい道」です。100年以上の時間が止まっているかのように静かに佇むイギリス積みの煉瓦を前に、水路が造られた理由や当時の様子など花田さんの話は尽きません。

谷の行き止まりに煉瓦トンネルが佇んでいました。

煉瓦の積み方、装飾の様式など花田さんの解説を聞きながら観察します。

「盛福寺管路ずい道」から下の方を見ます。横須賀の街に向かってここを水路が流れていたそうです。

道が下ってゆく先を見ると、ここにもトンネル!! 「田浦山トンネル」です。
「大山田トンネル、盛福寺管路ずい道、田浦山トンネル・・・まさに”トンネルの辻” ではないでしょうか」
と花田さん。

田浦山トンネルは先ほどの大山田トンネルとは顔つきがまったく違う、大正11年頃に掘られたちょっと小さめの、一直線で下っていくトンネルです。

「トンネルの中から向こうの高架を走る京急線の電車を見ることができる、トンネル好きな”鉄”にはたまらないスポットです。あっ!見てください!!1本しかない黄色い電車です!!これを見た皆さんは幸せになれます(笑)」




特別にラッピングされた”黄色い電車”の後に、これも特別な”青い電車”が通過しました。

鉄道ファン注目「田浦トンネル」と「七釜トンネル」

踏切を渡るときに田浦トンネルが見えます(踏切上の道路から撮影)

興奮の田浦山トンネルを後に、長閑な街並みをぷらぷら歩いて国道に出ました。4車線をばんばん車が行き交う、僅か10分ほど前の田浦山トンネル付近とは違う世界です。ツアー最後のポイントはJR横須賀線の「田浦トンネル」「七釜(しっかま)トンネル」を見学します。踏切を渡りながら田浦トンネルを遠望し、山をぐるりとまわって田浦駅の跨線橋に上がりました。

JRの田浦駅は両端をトンネルで挟まれた珍しい構造の駅で、どちらもホームの端がいきなりトンネルの入口(出口)になっています。どちらも明治22年の開通、明治、大正、昭和、平成と1世紀以上の歴史が刻まれた煉瓦のポータルを新しい電車が通り抜けて行きます。跨線橋から二つのトンネルについての花田さんの解説を聞いたところでこの日のツアーはお開きとなりました。

田浦駅の跨線橋からは、駅を挟むトンネルを見ることができます。こちらは田浦トンネル

遠く横須賀方面に見えるのは「七釜トンネル」明治・大正・昭和につくられた3本のトンネルが並んでいるそうです。

トンネルには必ず「出口」があります。


「ふだんトンネルなど意識しないで通っていましたが、今日のように詳しくしっかり解説して頂くと奥深く面白いんものなんですね。興味が湧きました」
「前回のツアーが満員で参加できなかったので、あらためて今回来てみましたが、自分だけでは絶対行かないコースで楽しめました」
ご参加のみなさんそれぞれ楽しまれたようです。そして花田さんは最後にこんなメッセージを語ってくれました。
「どんなトンネルにも必ず明るい出口があります」

 


横須賀市内のほかのトンネルの情報や、今後の「トンネルのまち横須賀」体感ツアーの予定については、横須賀市観光協会のWEBサイトをご確認ください。
横須賀市観光協会WEBサイト:https://yokosuka-kanko.com/
「トンネルマップ」もダウンロードできます!

 

ツアー終了後、帰りの電車に乗る前に田浦駅ホーム端のトンネルを撮影しましたのであわせてご覧ください。

今回のツアーガイド花田さんのプロフィールはこちら。

花田欣也(はなだ・きんや)
・総務省 地域力創造アドバイザー
・一般社団法人 日本トンネル専門工事業協会アドバイザー
・トンネルツーリズムプランナー
花田 欣也オフィシャルサイト  https://hanadakin-chiikitnl.grupo.jp

記事をシェア

※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

ややヲタ系ネタを主流に昭和平成懐かし系を経由して昔は良かった方面に参ります。