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トンネル探究家花田欣也「トンネルツーリズム」のススメ・第4回~映画・小説の世界とトンネル

花田欣也(はなだきんや)

更新日: 2021年12月16日

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トンネル探究家花田欣也「トンネルツーリズム」のススメ・第4回~映画・小説の世界とトンネル

映画や小説の中で、トンネルはストーリーの鍵となるような重要なシーンでしばしば登場する。

松本清張の小説「天城越え」に登場する旧天城山隧道は、ハイキングコース(踊子歩道)の一部として歩くことが出来る。この小説に象徴されるように、峠の手前からトンネルを抜けると、そこには異なる情景が広がり、主人公は“異世界感”を感じる。

アニメ映画「千と千尋の神隠し」でも、千尋はトンネルを抜けて“あちらの世界”へたどり着いて、多くの体験を積み、その結果また同じトンネルを抜けて、もとの世界へ戻るが、精神的に成長を遂げる彼女の姿が描かれている。

今回は、映画・小説にまつわるトンネルをいくつか紹介する。

※地図調製:昭文社編集部
タイトル画像提供:浜田市、撮影:前畑洋平氏

今回の「おすすめトンネル」はこの3か所

JR清水トンネル、新清水トンネル~日本を代表する歴史的山岳トンネル(群馬県、新潟県)

芥川龍之介の短編小説に登場する横須賀線のトンネル(神奈川県横須賀市)

映画「天然コケッコー」でクローズアップ! “未成線”の下長屋トンネル(島根県浜田市)

JR清水トンネル、新清水トンネル~日本を代表する歴史的山岳トンネル(群馬県、新潟県)

JR清水トンネル、新清水トンネル~日本を代表する歴史的山岳トンネル(群馬県、新潟県)
清水トンネルの土合駅側:PIXTA

川端康成の小説「雪国」で、「国境の長いトンネル」として一躍有名になった清水トンネルは、上越新幹線開通後の今も、JR上越線のトンネルとして現役である。

清水トンネルの開通時期は比較的新しく、1931(昭和6)年。しかし、着工は大正末期で、複雑な地形や厳しい気象条件に阻まれた難工事の末の完成だった。それまで、群馬と新潟を結ぶ鉄道のルートは、信越本線の碓氷峠、直江津経由で、大幅な迂回を余儀なくされていたので、この9,702mの清水トンネル(現・上越線上り線)の開通で4時間近くも短縮され、物流・人流の利便性が飛躍的に高まった。

JR清水トンネル、新清水トンネル~日本を代表する歴史的山岳トンネル(群馬県、新潟県)

出典:地理院地図Vectorを加工

JR清水トンネル、新清水トンネル~日本を代表する歴史的山岳トンネル(群馬県、新潟県)

新潟県側の清水トンネルと松川のループ線。現在ループ線は越後中里から土樽へ向かう上り列車用。新清水トンネル経由の下り線のトンネルも勾配緩和のため大きく弧を描いている。/地理院地図Vectorを加工

JR清水トンネル、新清水トンネル~日本を代表する歴史的山岳トンネル(群馬県、新潟県)

群馬県側の清水トンネルと湯檜曽のループ線。現在のループ線は土合駅から湯檜曽へ向かう上り列車用だが、新清水トンネルの開通前は単線運転のため新潟方面への下り列車も湯檜曽駅からループ線を通過していた。 /地理院地図Vectorを加工

谷川岳のほぼ直下を貫くトンネルのため、群馬・新潟両サイドで天候が異なることが多い。また、トンネルの両県側で高低差があったため、両側にそれぞれループ線が設けられた。

イメージとしては、群馬側から来た列車は、カタツムリの殻のようにグルグルとループ線を周りながら標高を上げ、山岳のやや上部を貫く形でトンネルに進入した。このような仕組みを設けたことには理由がある。まず、当時の蒸気機関車では、かなりの急勾配となる線路を上れなかった。また、技術的・経済的な理由から、なるべく山岳の上のほうまで上がって高度を稼ぎ、トンネルの距離を短くする必要があったという。この、叡智とも言える鉄道ループ線の技術は、その後全国各地の山岳路線でも採用されることとなった。

その後高度成長期を迎え、1967(昭和42)年、輸送量の増強に対応するために、もう1本のトンネルが設けられ、複線化された。そのトンネルが新清水トンネル(13,490m、現上越線下り線)である。この頃には技術の発達もあり、ループ線ではなく、清水トンネルよりもかなり下に掘られたほぼ直線のトンネルだ。

特筆すべきは、清水トンネルでは地上にある土合駅が、新清水トンネルではトンネルの中に設けられ、後に「日本一のモグラ駅」と称される存在になった。というのは、上り線のある駅舎と地下のプラットホームとの標高差は約70mもあり、列車を降りて462段の階段を上らなくてはならないからだ。

土合駅ホームから駅舎への階段 画像:tarousite / PIXTA

そんな土合駅だが、登山家には谷川岳登山の入口として知られ、また昨年には駅前に気軽に利用できるグランピング施設も出来た。私は、この「モグラ駅」の暗いホームで列車を待つ間、トンネル内の滴る水滴の音しか聞こえない独特の雰囲気が好きで、その冷涼な空気とともに、「あー、今、谷川岳の地山(じやま)の中にいるんだな」と感じる。

現在は上越新幹線に22,221mの大清水(だいしみず)トンネルがあり、谷川岳の下に時代を跨った3トンネルが通っている。

トンネルから小説へ~川端康成の「雪国」

トンネルから小説へ~川端康成の「雪国」
画像:Amazom
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芥川龍之介の短編小説に登場した横須賀線のトンネル (神奈川県横須賀市)

芥川龍之介の短編小説に登場した横須賀線のトンネル (神奈川県横須賀市)
出典:地理院地図Vectorを加工

芥川龍之介の短編に「蜜柑」という小説がある。

大正時代の横須賀線はまだ蒸気機関車による“汽車”だった。作中、“私”(芥川自身と推察される)が乗る”汽車”が、横須賀駅を発車するとき、貧しい身なりの娘が乗ってきて、彼の座る二等車(現在のグリーン車)に腰を下ろした。“私”はその無遠慮な様子に不快な倦怠感を覚える。
横須賀駅を発車した”汽車”はいくつかのトンネルを通る。すると、娘は隣の席に来て、トンネル内に充満する蒸気機関車の煤煙に構わず窓を開けた。そして、トンネルを出たとき、“私”の目に、窓の外の線路際の踏切のあたりで、子供たちが一生懸命に手を振って、声をあげているのが見えた。その瞬間、娘は、手にしていた色鮮やかな蜜柑をいくつか、ぱっと空中に投げた。それは、奉公先へ向かう娘から、弟たちへ送られた御礼と別れの蜜柑だった。

芥川龍之介の短編小説に登場した横須賀線のトンネル (神奈川県横須賀市)

JR横須賀線の七釜トンネル、一番左は戦時中の軍用引込線のトンネル跡(立入禁止)/画像提供:横須賀市

現在も、JR横須賀線には煉瓦ポータル(入口)のトンネルが残っている。小説の舞台となった踏切は、田浦~横須賀間の長浦付近の踏切とされているが、作中には記されていない。その辺りには、今も踏切から煉瓦のトンネルが複線に並んで見える。

ちなみに、田浦駅はトンネルとトンネルに挟まれた駅で、七釜(しっかま)トンネル、田浦トンネルともに1889(明治22)年の建造で、一部当時の煉瓦も残り、ホームからじっくり観察できる。駅も靜かな雰囲気で落ち着ける。首都圏に、明治時代の煉瓦の鉄道トンネルが現役で残り、芥川の書いた蒸気機関車の時代の面影を残していることは、貴重この上ない。

出典:地理院地図Vectorを加工

トンネルから小説へ~芥川龍之介「蜜柑」

トンネルから小説へ~芥川龍之介「蜜柑」
画像:Amazom
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元祖“胸キュン”映画「天然コケッコー」に登場!“未成線”の下長屋トンネル (島根県浜田市)

元祖“胸キュン”映画「天然コケッコー」に登場!“未成線”の下長屋トンネル (島根県浜田市)
出典:地理院地図Vectorを加工

未成線、とは、主に国鉄時代に建設されながら、開通が実現しなかった路線のことで、国鉄の分割民営化の頃には各地でそうした事例が生じた。

この映画のロケ地となった広浜鉄道今福線も、昭和初期に広島と浜田を結ぶ鉄道として着工され、戦争を挟んで工事は続けられ、中国山地にいくつものトンネルや橋りょうなどが設けられたが、ついに開通は叶わなかった。

元祖“胸キュン”映画「天然コケッコー」に登場!“未成線”の下長屋トンネル (島根県浜田市)

今福線は戦前に着工した旧線、戦後にルートを変更して建設された新線があった。いずれも開業することなく工事は休止されている。/出典:地理院地図Vectorを加工

下長屋トンネル(画像提供:浜田市、撮影:前畑洋平氏) ※トンネル内は立入禁止

映画「天然コケッコー」(2007年制作、山下敦弘監督)では、くらもちふさこ氏の原作に沿って、島根県各地でロケが行われ、その中で今福線(未成線)の下長屋トンネル、第1下府川橋りょうが登場する。こんなシーンだ。

山陰地方の小さな町に住む中学生・そよ(夏帆さん)。生徒わずか6名の小中学校に、東京からカッコいい男の子・広海(岡田将生さん)が転校してきた。

「イケメンさんじゃー」と言いながら、ときめきを感じるそよ。ある夏の日の午後、皆で近くに海水浴に行くことになり、広海も誘って出発。山道にさしかかった所に左右に分かれる道があり、そよたちはいつもの通り右の道を行こうとすると、広海は左の山道の方に行こう、という。

そこは“ワケあり”の道だったが、仕方なく後からついていくそよたち。柵の赤錆びた古いコンクリートの橋を渡ると、「誰か、おる…」と大騒ぎに。猛ダッシュで、真っ暗なトンネルに入る。

すると場面は山陰本線の浅利海岸沿いの単線線路に転換し、線路の上でそよは“何か”に押さえつけられて、動けなくなる。そこへ、列車がやってくる!危機一髪、広海がそよを抱き上げると、入江の静かな青い海で海水浴を楽しむシーンに変わる。帰り道、そよと広海は2人きりで、コンクリートの背の高い側壁が未成線らしいトンネルをゆっくりと歩く。

ロードムービーに定評のある山下敦弘監督が山陰の夏の情景をテンポ良く描いた秀作で、主演の夏帆さんは本作で数々の映画賞も受賞している。「わしは…」と独特の石見弁を多用する夏帆さんと、初々しい制服姿のギャップも演出が上手い。そして、よくぞこのトンネルを見つけたものだと感心する。異世界へつながる、というトンネルへの想起を掻き立ててくれる。

第一下府川橋りょうと下長屋トンネル(画像提供・浜田市)
<strong>※トンネル内は立入禁止</strong>

今福線の遺構は地域の方々により現在も大切にされており、ホームページに遺構巡りの案内も掲載されている。

下長屋トンネルは内部には立ち入れないが、手前の第1下府川橋りょうは見学可能。訪問するには、浜田駅からタクシー(約25分)や車利用となる。

天然コケッコーのリンク
浜田市の今福線サイトはこちら https://www.city.hamada.shimane.jp/www/contents/1441781919538/index.html

浜田市の今福線ロケ地サイトはこちら https://www.city.hamada.shimane.jp/www/contents/1587610268390/index.html

トンネルから映画へ~「天然コケッコー」

トンネルから映画へ~「天然コケッコー」
画像:Amazom
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<HANADA’s NOTE>
・本連載記事では便宜上「隧道」と呼称されているものも「トンネル」に統一している。
・トンネルは現地状況(工事など)により通行できない場合もある。また、冬期は通行できないトンネルもある。
・現地に行かれる場合の装備について…靴はトレッキングシューズ、両手のあくショルダーバックなどが望ましい。自動販売機のない所もあるので飲料水(夏期は電解質のものがベスト)の持参を。懐中電灯はディテールの観察にも活用できる。
・山間部は天候の変化が激しく、冬期は急な降雪もあるので防寒具や手袋も忘れずに。

 

参考書籍
・鉄道構造物探見(JTBキャンブックス 小野田滋 著 JTBパブリッシング)
・鉄道廃線跡を歩く 各巻(JTBキャンブックス 宮脇俊三 編著 JTBパブリッシング)

トンネル探究家「花田欣也」のプロフィール

花田欣也(はなだ・きんや)
・総務省 地域力創造アドバイザー
・一般社団法人 日本トンネル専門工事業協会アドバイザー
・トンネルツーリズムプランナー

旅行会社に勤務しながら30歳でJRを全線乗車した鉄道ファンの一方、ライフワークとして全国の旧道等に残るトンネルを歩き、全国でも例のない現道のみの”トンネルツアー”の講師を、各地の自治体や事業者などと連携して務めている。
「マツコの知らない世界」などテレビ、ラジオ、新聞等メディアにも数多く登場し、日本の貴重な土木産業遺産の魅力を発信。地域観光の活性化に繋げる講演やゼミ、執筆活動も精力的に行っている。著書に『旅するトンネル』(一般社団法人 本の研究社刊)、2021年10月発行の『鉄道廃線トンネルの世界 トンネル探究家厳選 歩ける通れる110』(天夢人・旅鉄BOOKSより)がある。

鉄道の廃線トンネルを知るためのおすすめ本

「鉄道廃線トンネルの世界 トンネル探究家厳選 歩ける通れる110」

「鉄道廃線トンネルの世界 トンネル探究家厳選 歩ける通れる110」
画像:楽天ブックスより

著者(花田欣也)新刊
「鉄道廃線トンネルの世界 トンネル探究家厳選 歩ける通れる110」
(天夢人刊・旅鉄BOOKS/2021年10月14日新刊)

鉄道廃線のトンネルに絞った史上初のガイド本。
公道、遊歩道から観光利活用されたトンネルまで、さまざまな形で残り、訪問できるトンネルを110本紹介した保存版。

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廃線の軌跡をたどる地図「レールウェイマップル」

廃線の軌跡をたどる地図「レールウェイマップル」

昭文社刊「レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳」には、全国の鉄道路線・駅に加えて昭和20(1945)年の終戦以降に廃止となった鉄道路線や駅も地図上に表示。戦後日本の発展を支え、廃線となった多くの鉄道路線が描き込まれている。

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

総務省 地域力創造アドバイザー
(一財)地域活性化センター フェロー
(一社)日本トンネル専門工事業協会アドバイザー

旅行会社に勤務しながら30歳でJRを全線乗車した鉄道ファン。ライフワークとして全国の旧道等に残るトンネルを歩き、全国でも例のない現道のみの”トンネルツアー”の講師をはじめ、各地の自治体や事業者などと連携して日本の貴重な土木産業遺産の魅力を発信。地域観光の活性化に繋げる講演や執筆活動も精力的に行っています。