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トンネル探究家花田欣也「トンネルツーリズム」のススメ・第1回~明治の産業遺産・煉瓦トンネル

花田欣也(はなだきんや)

更新日: 2024年7月26日

トンネル探究家花田欣也「トンネルツーリズム」のススメ・第1回~明治の産業遺産・煉瓦トンネル

トンネル、というと、暗い、怖いといった印象があるかもしれない。

普段何気なく通るトンネルだが、日本全国には道路トンネルが約11,000本、鉄道トンネルは約5,000本あるといわれている。その他用水路などのトンネルも含むと膨大な数がある。とくに各地の旧道や廃線跡などには、かつて地域交通や産業の重要なルートとなっていた歴史を秘めながら、今は通る人も少なく山中にひっそりと佇んでいるトンネルが多く存在する。

つくられた経緯や歴史、つぎ込まれた技術と職人技、開通の喜びやその後に辿った栄枯盛衰の「トンネル生涯」を自然に囲まれたロケーションの中で知ると、ただ通過する暗闇にしか過ぎなかったトンネルの空間にまた違ったものが見えてくるのかもしれない。

そんな全国のトンネルの中から自治体や事業者に通行を許可され、「安全・安心」に見る・歩くことができるトンネルをその魅力とともに紹介していこう。

※写真(特記以外):花田欣也

トンネル探究家「花田欣也」のプロフィール

花田欣也(はなだ・きんや)
・総務省 地域力創造アドバイザー
・一般社団法人 日本トンネル専門工事業協会アドバイザー
・トンネルツーリズムプランナー
旅行会社に勤務しながら30歳でJRを全線乗車した鉄道ファン。ライフワークとして全国の旧道等に残るトンネルを歩き、全国規模では例のない安全に歩ける”トンネルツアー”の講師を各地の自治体や事業者などと連携して務めている。
「マツコの知らない世界」などテレビ、ラジオ、新聞等メディアにも数多く登場し、日本の貴重な土木産業遺産の魅力を発信。地域観光の活性化に繋げる講演やゼミ、執筆活動も精力的に行う。
著書に『旅するトンネル』(一般社団法人 本の研究社刊)、『鉄道廃線トンネルの世界 トンネル探究家厳選 歩ける通れる110』(10月14日新刊:天夢人・旅鉄BOOKSより)など
著者HP  https://hanadakin-chiikitnl.grupo.jp

今回の「おすすめトンネル」はこの3か所

明治宇津ノ谷トンネル(静岡県静岡市・藤枝市) めいじうつのやトンネル
明治、大正、昭和、平成と4つの時代に造られたトンネルが現存する全国でも貴重な場所。旧東海道の宿場町の風情も楽しみ。

漆久保トンネル(長野県安曇野市) うるしくぼトンネル
旧国鉄篠ノ井線の廃線跡に佇む美しいレンガのトンネル。踏切や標識が残る整備された線路跡はウォーキングにも最適。

愛岐トンネル群・6号トンネル(愛知県春日井市) あいぎトンネルぐん
保存会の手で蘇った明治のレンガ積みトンネルが続く。ポータルと両側に伸びた翼壁が絵画のように美しい6号トンネルがポイント。

【明治宇津ノ谷トンネル】(静岡県静岡市・藤枝市) 明治・大正・昭和・平成のトンネルが並ぶ旧東海道の峠道を歩く

【明治宇津ノ谷トンネル】(静岡県静岡市・藤枝市) 明治・大正・昭和・平成のトンネルが並ぶ旧東海道の峠道を歩く

トンネルの用途、成り立ちはさまざまだが、まず、文字通りの“王道”、旧東海道の要衝・宇津ノ谷峠に現存する宇津ノ谷(うつのや)トンネルを紹介しよう。

静岡駅から藤枝駅行の路線バスで約30分、宇津ノ谷入口で下車。バスの走る国道1号線のすぐ先、山を貫いている2本のトンネルが昭和のトンネル、平成のトンネルで、ひっきりなしに車が往来している。高度成長期にかけてモータリゼーションが進化し、輸送量増大のニーズに対応して設けられたトンネルで、現在国道1号線の上り(昭和34年建造)、下り(平成10年建造)トンネルとなっている。

この宇津ノ谷峠は渋滞の名所だったが、少し離れた場所を通る東名、新東名高速道路とともに、拡幅されたこれらのトンネルのおかげで、過去に比べて渋滞は解消されている。

【明治宇津ノ谷トンネル】(静岡県静岡市・藤枝市) 明治・大正・昭和・平成のトンネルが並ぶ旧東海道の峠道を歩く

宇津ノ谷トンネルは静岡県の中央部、静岡市と藤枝市の間に位置する。/出典:地理院地図Vectorを加工

【明治宇津ノ谷トンネル】(静岡県静岡市・藤枝市) 明治・大正・昭和・平成のトンネルが並ぶ旧東海道の峠道を歩く

宇津ノ谷峠は旧東海道の要衝でもあった。/出典:地理院地図Vectorを加工

国道を歩道橋でまたぐと両トンネルを上から眺められる。歩道橋を下りて進み、宇津ノ谷宿の旧い町並みに入る。東海道の宿場町として栄えた面影が、東海自然歩道として程よく整備された石畳の鋪道を歩きながら味わうことができる。
石畳の道は峠に向かって上り、町並みの先はジグザグの急な坂道になっている。ちなみに旧東海道は、ここでは東海自然歩道と別の細い峠道にあり、この坂道の途中に旧東海道の入口があるが、かなりの急な峠道で、当時の旅人の苦労を偲ばせる。

坂道を上りきって振り返ると、今通ってきた宇津ノ谷の宿場町の一本道が見渡せて、美しい瓦屋根の街並みに、思わず写真を撮りたくなる。そして…。

お待ちかねの明治のトンネル、明治宇津ノ谷トンネルが、行く手正面に姿を現わした。この、お目当てのトンネルとの出逢いの瞬間が、私はたまらない。期待通り、煉瓦で造られたポータル(入口)は明治時代のままで、その中にカンテラ風の灯りが見える。

これは、映える!
まず1枚撮って、うっとりしつつ中へ入ると、内部も煉瓦で覆われている。実は、このトンネルは明治9(1876)年に建造された日本最初の有料トンネルで、当時は人6厘、かご1銭2厘が徴収されたという。

しかし、建設技術がまだ発達していない当時に、両側から堀り進められたため、トンネル内は“く”の字に曲がった道となり、その後火災事故が発生したことを契機に、明治37(1904)年に現在の約200mの直線トンネルに改修された。明治以来、120年近くの時が経過した側壁の煉瓦が美しく残り、カンテラ風照明で橙色に照らされて綺麗だ。トンネル手前に車止めがあるので、ゆっくりと雰囲気を味わうことができる。


トンネルを出て藤枝側に下りてしばらく行くと、右手からの別の道路(旧道)と合流するが、その道を戻ると扁平型をした大正のトンネル(大正15年着工、昭和5年竣工)が現われる。大正末期、自動車の普及に伴って造られたトンネルで、トラックやバスでも対面通行可能な幅が確保され、今もトラックが通るので、国道1号線の抜け道の役割もあるのだろう。

明治、大正、昭和、平成の4トンネルを見たら、お腹がすいた。バスで静岡駅に戻って
名物の“静岡おでん”を食べようか。

静岡おでんの特徴はうまみたっぷりの黒いだし汁。おでんはすべて串刺しが基本 写真:昭文社

イワシやアジの味わいが凝縮した黒はんぺんに牛すじ、じゃがいも…削り節と青のりをブレンドした「だし粉」をかけて(静岡市葵区東草深町 大やきいも) 写真:昭文社

【漆久保トンネル】(長野県安曇野市) 旧篠ノ井線の廃線跡。グラデーションのように美しい煉瓦のトンネルを抜けると広がる北アルプスの絶景!

【漆久保トンネル】(長野県安曇野市) 旧篠ノ井線の廃線跡。グラデーションのように美しい煉瓦のトンネルを抜けると広がる北アルプスの絶景!

鉄道の廃線跡には、産業遺産的な価値の高い貴重なトンネルが残るケースも少なくない。

東京から塩尻を経て名古屋を結ぶ中央本線は国鉄時代、列車の高速化を図るため、直線の新トンネルなどでルートを短絡化してスピードアップが図られてきた。最近リニア新幹線の話題が出るが、現状、並行する新幹線がないため、この取組は地域の活性化に大きな役割を果たしており、特急列車を利用すれば、新宿から松本まで最速2時間半で行け、割安な高速バスよりも速い。

松本から長野方面へ向かう篠ノ井線も同様に、名古屋からより早く信州方面に到着するルートが求められ、昭和末期に一部区間の線路の付け替えが行われた。明科(あかしな)~西条間(にしじょう)の鉄道開通は明治35(1902)年だが、昭和63(1988)年に新トンネルが開通し、各地の物資を載せた長大編成の貨物列車も含めて、ほぼ直線のルートを高速で通れるようになった。

【漆久保トンネル】(長野県安曇野市) 旧篠ノ井線の廃線跡。グラデーションのように美しい煉瓦のトンネルを抜けると広がる北アルプスの絶景!

松本と長野を結ぶ篠ノ井線は、筑摩山地を越える山岳路線。/出典:地理院地図Vectorを加工

【漆久保トンネル】(長野県安曇野市) 旧篠ノ井線の廃線跡。グラデーションのように美しい煉瓦のトンネルを抜けると広がる北アルプスの絶景!

急勾配・急曲線が連続し地すべりの多発地帯でもあるこの区間は、長大トンネルによる路線改良が行われ、旧線跡が残った。/出典:地理院地図Vectorを加工

その廃線跡は今、地元の方々の尽力によりトレッキングコースとして整備され、北アルプスを望みながら歩くことができる。この旧篠ノ井線廃線敷では、2本のトンネルを通行できる。そのうちのひとつ、漆久保(うるしくぼ)トンネルを紹介する。

旧篠ノ井線廃線敷は安曇野市観光協会のホームページにわかりやすいイラストMapが掲載されているので便利だ。東京からなら北陸新幹線で、長野で篠ノ井線に乗り換え、明科駅で下車。廃線敷は上りが続くので、駅からタクシーで一般道を行き、いちばん奥の旧第2白坂トンネル付近まで上ると効率的だ(所要約15分)。

安曇野市観光協会の公式サイトは下記をクリック(サイト内にイラストMAPもあり:観光・体験>廃線敷ウォークを参照)

このトンネルは入口に文字通り蓋がしてあり内部には立ち入れない。廃線敷は、このトンネルを背にして下っていくのだが、踏切や勾配標示、煉瓦造りの小さな橋など貴重な鉄道遺産もあり、鉄道ファンならずとも、この跡が鉄道の線路だったことを意識する。ケヤキの続く道は春なら桜が素晴らしく、秋は紅葉が美しい。

お目当ての漆久保トンネルは線路のあった築堤が続く先にある。その煉瓦で覆われた威容には、思わず感嘆の声を上げずにいられない。

煉瓦の色の鮮やかなこと!経年により、煉瓦そのものの紅色だけでなく、蒸気機関車の煤で黒ずんでいる部分もあり、「何という変化をするものだろう!」と感嘆する。
それだけではない。中に入ると、す、すごい!天井まで、“総煉瓦”でびっしりだ。天候が良い日ならば、陽光がトンネル内に差し込み、煉瓦がキラキラと輝くように見える。

漆久保トンネルはわずか53mのトンネルとはいえ、大量の煉瓦を運び、それを丁寧に積層した明治の職人の技術力に驚くが、煉瓦は地元明科の工場で生産されたものだという。
煉瓦の美しいトンネルを抜け、雪をかぶった北アルプスの雄大な眺望を存分に楽しんでほしい。

明科駅に近いもう1本の三五山(さごやま)トンネル(125m)も歩いて通れる

【愛岐トンネル群】(愛知県春日井市) 難工事の煉瓦トンネルを再活用、夏は「森のビアホール」、秋は紅葉時の特別公開!

名古屋から中央本線の普通列車で30分あまり、定光寺(じょうこうじ)という川沿いの静かな駅がある。定光寺から次の古虎渓(ここけい)駅までの間も、昭和41(1966)年に列車の高速化を図るために新線トンネルが設けられ、庄内川の溪谷に沿った区間は廃線となった。

【愛岐トンネル群】(愛知県春日井市) 難工事の煉瓦トンネルを再活用、夏は「森のビアホール」、秋は紅葉時の特別公開!

中央本線は東京-名古屋間の東海道本線のバイパスとして計画され明治44年に全通/出典:地理院地図Vectorを加工

【愛岐トンネル群】(愛知県春日井市) 難工事の煉瓦トンネルを再活用、夏は「森のビアホール」、秋は紅葉時の特別公開!

愛知県と岐阜県の県境をいくつものトンネルで抜けていた線路が長大トンネルの開通で廃線に/出典:地理院地図Vectorを加工

この区間に鉄道が開通したのは明治33(1900)年で、廃線なったエリアに計14本のトンネルがあったが、そのうち4本がNPO法人愛岐トンネル群保存再生委員会(以下、保存会)の方々により草刈りの段階から整備され、モミジの続く廃線敷が時期限定で特別公開されている。秋の紅葉期は、煉瓦のトンネルをバックにとりわけ美しい風景が展開する。

コース中、最も奥にある333mの6号トンネルを紹介する。このトンネルでは「イギリス積み」と称される、小さな面を持つ「小口」の煉瓦の段と、「長手」の煉瓦の段を交互に積層した手法が用いられているが、明治期から主にトンネルの側壁部分の強度を高めるために各地で採用されていたものだ。

しかし、この6号トンネルにおいては、工事に際して2度にわたる大規模な土砂崩れに見舞われ、当初の計画より約80m手前にトンネルを延長する形で難工事の末に再度掘削された。使用された煉瓦は予定の151万個を大幅に上回る504万個に上り、中央本線で最もコストの高いトンネルとなった。

堅牢に造られたポータル(入口)のアーチ部分は7重巻き(標準は主に4重巻き)、トンネル底部の“インバート”と呼ばれる部分は数十mにわたって煉瓦で造られた。これはトンネルの断面をより強固にするための工法だが、そのインバート部分は保存会の方々の尽力より透明なアクリル板などを通して歩きながら見られるようになっている。非常に貴重な土木産業遺産だ。

赤矢印部分が「インバート」

この6号トンネルで見逃せないポイントが、その出口(春日井側)にある。ポータルのアーチの中に1本、自然の木が生えているのだ。シンメトリー(左右対称)にトンネル両サイドに長く翼を広げたような翼壁(よくへき)も珍しいもので、トンネル全体を見渡すと、まるで絵画のような美しさだ。

また、愛岐トンネル群では、煉瓦トンネルの特性を生かして夏には「森のビアホール」、秋には紅葉時の特別公開も! 今夏は新型コロナウイルスの影響で回数が限られたが、過去には各トンネルごとに楽器と奏者を替えて、観客が移動して楽しむというクラシックコンサートも開催され、秋には煉瓦が見事な紅葉に映える特別公開も予定されている。そうした時期限定のイベントを行うトンネルの草分け的存在の愛岐トンネル群。特別公開などの情報は保存会のホームページをチェックしてほしい。

愛岐トンネル群保存再生委員会の公式WEBサイトはこちら

 



<HANADA’s NOTE>
・本連載記事では便宜上「隧道」と呼称されているものも「トンネル」に統一している。
・トンネルは現地状況(工事など)により通行できない場合もある。また、冬期は通行できないトンネルもある。
・現地に行かれる場合の装備について…靴はトレッキングシューズ、両手のあくショルダーバックなどが望ましい。自動販売機のない所もあるので飲料水(夏期は電解質のものがベスト)の持参を。懐中電灯はディテールの観察にも活用できる。

 

参考書籍
・鉄道構造物探見(JTBキャンブックス 小野田滋 著 JTBパブリッシング)
・鉄道廃線跡を歩く 各巻(JTBキャンブックス 宮脇俊三 編著 JTBパブリッシング)
・日本の近代土木遺産【改訂版】(土木学会)

お知らせ>>トンネル探究家・花田欣也のガイドで「旧足利貨物線廃線跡」を歩こうツアー 11月27日開催!

鉄道の廃線トンネルを知るためのおすすめ本

「鉄道廃線トンネルの世界 トンネル探究家厳選 歩ける通れる110」

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花田欣也著「鉄道廃線トンネルの世界 トンネル探究家厳選 歩ける通れる110」(天夢人刊・旅鉄BOOKS/2021年10月14日新刊)
鉄道廃線のトンネルに絞った史上初のガイド本。公道、遊歩道から観光に活用されたトンネルまで、さまざまな形で残り安全に訪問できるトンネル110本を紹介。

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

総務省 地域力創造アドバイザー
(一財)地域活性化センター フェロー
(一社)日本トンネル専門工事業協会アドバイザー

旅行会社に勤務しながら30歳でJRを全線乗車した鉄道ファン。ライフワークとして全国の旧道等に残るトンネルを歩き、全国でも例のない現道のみの”トンネルツアー”の講師をはじめ、各地の自治体や事業者などと連携して日本の貴重な土木産業遺産の魅力を発信。地域観光の活性化に繋げる講演や執筆活動も精力的に行っています。