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生き残りのカギはデザインにあった!? 紙の地図の今までとこれから

少年B

更新日:2022年5月26日

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生き残りのカギはデザインにあった!? 紙の地図の今までとこれから

紙の地図はかつて、家庭にひとつはあるものでした。しかし、近年はWEB地図の台頭により、今では「地図を読んだことがない」という人もいます。

かつて、多くの会社が地図の出版にしのぎを削った時代がありました。そのなかで、2022年現在も全国の道路地図・都市地図を作り続けているのは、昭文社ただ1社のみ。空想地図作家の今和泉隆行さんは「昭文社が生き残った理由のひとつは、地図のデザインにあったのではないか」と分析します。

今回はそんな今和泉さんが、昭文社の地図のデザインのこれまでと、これからについてお聞きします。お相手は、昭文社で30年以上地図作りに関わってきた飯塚新真さんと、現・地図編集担当課長の市川智教さんです!






飯塚 新真(いいづか にいま)
1962年生まれ。1986年(株)昭文社入社。地図編集部長、デジタルコンテンツ本部長、基盤情報制作本部長を経て、現在、(株)昭文社ホールディングス取締役。中学生の時、母親に自宅付近の2.5万分の1地形図『吉祥寺』(国土地理院)を買ってもらったのが本格的な地図との出会い。






市川 智教(いちかわ とものり)
1978年生まれ。2001年(株)昭文社入社。入社後3年半ほど九州沖縄地区の営業担当。その後大阪・東京にて一貫して地図編集畑を歩む。地図と密接な関りがある鉄道・飛行機・船・車など、陸海空の動いているものに乗っている時に一番の幸せを感じる。






聞き手:今和泉 隆行(いまいずみ たかゆき)
1985年生まれ。7歳の頃から実在しない都市の地図=空想地図を描き続けている「空想地図作家」。地図デザイン、テレビドラマの地理監修・地図制作にも携わる他、地図を通じた人の営みを読み解き、新たな都市の見方、伝え方作りを実践している。(Twitter:@chi_ri_jin

あまりにも大変だった、アナログ時代の修正作業

今和泉:
1980年代後半、昭文社の地図は、大きくデザインを進化させましたよね。地図制作のデジタル化によるところも大きいのかなと思うんですが、今回はそのデザインの進化と、これからについてをうかがいたいと思います。よろしくお願いします。

飯塚市川
こちらこそよろしくお願いします。

今和泉:
スーパーマップルが誕生したのは、デジタル化の直前だとおっしゃいましたよね。これは大変だったんじゃないかと思うのですが。

スーパーマップル誕生秘話 今なお人気の「道路地図の決定版」はどうして生まれたのか

飯塚:
そうですね。もう疲労困憊でした。

今和泉:
町域別の色分けに道路の色分け、建物も用途別に色分けをしているわけですもんね。現在であればデータ上で簡単に表現ができるわけですが、当時はそれをフィルム(印刷用の版)でやっていたという。

▲創刊間もない頃の「スーパーマップル関東(1993年)」(クリックで拡大)

飯塚:
今も当時も一般のカラー印刷は4色刷が基本になっていますが、当時の地図印刷は極めて特殊で、5色、6色以上の多色が使われていました。等高線や道路などの細い線や面の色分けをシャープな仕上がりで表現するには、どうしても特別な色を用意する必要があったんです。

つまり、そもそも地図印刷は通常の印刷物より色数分だけ印刷フィルムの枚数が多かったんですよ。

今和泉:
版画の多色刷りのように、1枚の紙にひとつずつ色を重ねていくわけですね。

飯塚:
そうです。加えて地図印刷では、刷り色1色について2枚以上のフィルムを用意する必要がありました。街は変化をしていますから、地図もそれに合わせて改訂を重ねていかなくてはならない。最初の地図を作るのはもちろん、修正はそれ以上に大変でした。

修正するとなると、フィルムを丸ごと直す必要があるわけですが、たとえばこの真ん中辺りにある「中野上町」という交差点の名称を変更、少し位置を変えるとしましょう。

▲交差点名も青だが、川も青。しかし、おなじフィルムにはできないため、フィルムの枚数は色数の数倍必要になる

飯塚:
この交差点名は青色で書いてありますが、このひとつを修正するためには、青のフィルム上で古い交差点名を(物理的に)削ってから、新しい名称を印字したフィルムを貼る必要があります。でも、同じく青で描いている川はそのまま残さなくてはならない。これは大変なことです。

今和泉:
信号だけじゃなく、道路や建物ができたり、工事によって地形が変わったり、街の名前が変わることもありますもんね。いやいや、想像を絶する作業です。

飯塚:
さすがにそんなことは難しいので、フィルムを分けておくんですが、今度はおなじ青でも、水辺の青と交差点名の青、2種類以上のフィルムを用意しなくてはならない。

なので、この地図は5色刷りなんですが、フィルムの枚数でいえば、その数倍あるんです。「赤」色についてはバス路線やバス停名に1枚、背景色のために1枚…というふうに。

今和泉:
なんと……!

飯塚:
だから、初版を出すときから将来の修正のことも考えて、フィルムの設計をしていく必要があったんです。

今和泉:
今だとIllustratorやPhotoshopのレイヤーで行う作業をアナログでやっていたわけですね。

飯塚:
そういうことです。こうした制約のために、デザイン性のために余分な色を使ったり、経年変化が頻繁な地物(ちぶつ=ここでは店舗や施設、建物などのこと)を表示することに対して、どうしても地図編集者は抑制的になってしまいます。

今ならデジタルデータの設定ひとつで対応できてしまいますからね。デジタル化は本当に大きな進歩でした。

デジタル化によって、地図の情報量が増えた

今和泉:
デジタル化したことで大きく進歩をしたとのことですが、具体的にはどのように変わっていったのでしょうか。

飯塚:
たとえば、最初のスーパーマップルでは、コンビニエンスストアなんかは黒い文字で表現されているんですよね。

▲発売当時のスーパーマップル。コンビニはスーパーなどと同様、マルSで表記されている

今和泉:
この時代はロゴではなく、まだ単色の点と注記で表すことが多かった時代ですよね。

飯塚:
それはやはり、印刷の都合でそうなっていたわけです。ひとつのコンビニを修正するのに1色分のフィルムをいじるだけで済みますから。デジタル化でこのように、お店のロゴなども多彩な表示ができるようになりました。

▲デジタル化後のスーパーマップル。セブンイレブンやファミリーマートのロゴが表示されるようになった

今和泉:
アナログ時代にこんなことはできませんもんね。コンビニが1つ開店・閉店するたびにフィルムを何枚も修正しなきゃいけない。昔あったサンクスなんか、ロゴが4色だから大変ですよ。

飯塚:
そう、そんなことはどう考えても無茶なわけですよ。だから、デジタル化によって、地図の情報量が増え、より見やすく、鮮やかになったということなんですよね。

今和泉:
私が知る限りでは、都市地図シリーズの「デジタル立体マップ」「立体観光案内図」というデジタル初期の地図ではデジタルのものとアナログのものが混じっていたように思います。

▲デジタル立体マップや立体観光案内図の入った都市地図の表紙

飯塚:
当時はまだ、1冊のなかでデジタルとアナログが混じるということはよくあったんですよ。それにしても、よく気付きましたね。

今和泉:
私は交差点名や名所表記の白抜きの文字が白ければデジタル化以降の地図、背景色と重なっているものはアナログ時代の地図、と色の重なりで見分けています。

▲アナログ時代の地図。交差点名など白抜きの文字が背景色と重なっている(クリックで拡大)

▲一方、デジタル化以降の地図は交差点名が白抜き文字になっている(クリックで拡大)

飯塚:
ほほう、なるほど。さすがですね。

今和泉:
30年間地図を作ってきた方にそう言われると恐縮ですね……!

デジタル化前のデザイン革命

飯塚:
あと、さっきお話したような、地図制作上の制約にも関わらず、昭文社はデジタル化以前から地図のデザインには非常に気をつかってきた、という自負はあります。立体観光案内図なんかも、私に言わせればデザイン化がだいぶ進んだ都市地図なわけですよ。

これを見ていただきたいんですけど、元々都市地図ってこういうものなんですよね。地形図や都市計画図の規則に従って作ったような。

▲元々の都市地図は、地形図や都市計画図をプレスしたようなものだった(クリックで拡大)

今和泉:
おっ、1988年のつくば市ですね。

飯塚:
それまでは、地図の色であるとか、タイトルや地図周囲の枠組み、それに注記の書体や地図の記号などは、昭文社内部の編集者や、もっと言うと、元々地図は製図技術者さんたちのセンスで作られていたんですよ。

今和泉:
製図技術者さんの、ですか?

飯塚:
元々、地図を作っている人たちは製図技術者さんだったわけですよ。正確にいうと「地図調製技術者」となります。国や自治体の求めに応じて、規定や規則をベースに、地形図などを作っている地図会社さんがありますよね。

後発の昭文社もそういった会社の先輩技術者に「書体はこうやって使うんだよ」とか、「地名はこうやって配置するんだよ」とか教えてもらいながら作っていた。だから、大昔の地図は各社とも似ているでしょう。

今和泉:
私も以前お話させていただいたんですが、本当に似ています。

紙の地図とWEB地図は何が違う?紙の地図から読み解く「街のカラー」

飯塚:
それが、昭文社では1980年代後半に飛躍的な進歩を遂げたんです。これは創業者の社長に先見の明があったんですが、大物デザイナーに地図デザインを委託したんです。

それがアトリエ デスカ(当時)の河野鷹思さん*です。

※戦前から戦後にかけて日本における商業デザインの第一人者。大手銀行のロゴマークや1972年札幌オリンピックのポスターなども手掛ける。

今和泉:
90年代前半の都市地図シリーズなどで表紙デザインとしてクレジットされていた会社さんですよね。表紙だけじゃなかったんですか!?

▲アトリエ デスカは90年代の都市地図シリーズなどで「表紙デザイン」としてクレジットされている

飯塚:
そうなんです。アトリエ デスカさんに、先ほど言ったタイトルや書体、文字の色、道路や建物の色などの地図の要素を「全部決めてください」とお願いをして、できたのがこの地図なんですよ。

▲アトリエ デスカがデザインをしたことで、地図の表現は大きく変わった(クリックで拡大)

▲凡例のデザインも手掛け、より見やすく、カッコよくなった

飯塚:
ちょうど私が入社してしばらく経った頃なんですが、おしゃれで、びっくりしたのを覚えています。凡例だってきちっとデザインしてね、あとは何と言っても書体ですよ。

今和泉:
この書体は平体*ゴシックですかね?

※平体:縦を縮めて横長に変形させた文字のこと

飯塚:
これは写研の「ゴナ」という書体を平体にしたものですね。それまで地図にはあまり使わない書体だったんですが、「平たくしたゴナがカッコいいんだ」ってことで、全部ゴナやナールといった系列に変えたんです。

今和泉:
それ以降、平体がずっと続きましたね。

飯塚:
それまではむしろ一般地物などは縦長にしていたんですよ。地名に関しては正体*や平体だったけど、それ以外の文字はほとんど長体にして、幅を詰めていたんですね。狭いスペースに文字を詰め込むことが多いですから。でも、「そうじゃないんだ」と言われて。

※正体:変形させないそのままの文字のこと。幅を詰めて縦長にしたものは「長体」という

飯塚:
これは当時、社内でも賛否両論があったんですよ。地図屋からすると、横長にするとスペースも取るでしょう。「平体はちょっとどうなんだ」という意見も多くて。

ただ、いざ配置してみるとこれがおしゃれなんですよ。編集は確かに大変だったんですけど、これでやってみようと。

▲それまでの都市地図「筑波研究学園都市(1988年5月)」。文字の書体は正体や長体が使われている(クリックで拡大)

▲アトリエ デスカがデザインを手掛けた「都市地図 つくば市(1988年8月)」文字の書体が変わり、見やすくおしゃれになった(クリックで拡大)

今和泉:
デザイン面で大きな転換点になったわけですね。

飯塚:
あとは町別の塗り分け色なども、全部デザイン指定されたんです。青にしても青と濃藍と2色使っているわけで、おしゃれですよね。

▲青は2色を使っている。「都市地図神戸市(1997年)」(クリックで拡大)

飯塚:
有名なデザイン会社なので、たぶん予算もかなり使ったでしょうし、現場としては苦労もありました。でも、1980年代後半に昭文社の地図デザインは大きく進歩しました。

情報については90年代前半、スーパーマップルができた時に大きく変わったんですが、それに先だって、デザイン面での進歩があったんですよ。

昭文社によって、「地図のデザイン」が洗練された

今和泉:
それまで、地図のデザインをここまで大きく変えようと思った会社はありませんよね。私は昭文社が飛躍した原因はこのデザインにあると考えているんですが。

飯塚:
そういう意気込みは強く持っていました。昭文社は営業力で急成長した出版社ではありましたが、情報とデザインがうまく噛み合ったことで品質的にも成長できたのかと。

いずれにしても、お客さまからは「見やすい」という意見はいただいていたと思います。

今和泉:
私の知る限り、首都圏の市町村別の大判地図では、当時は昭文社と「日地(ニッチ)出版」の勢力が拮抗していたんです。日地出版もデザインに優れた地図会社だったんですが、昭文社がデザイン変更によって日地出版の上を行ったと。

これによって、日地出版の売りはもう「破れにくいユポ紙*を使用している」ぐらいしかなくなってしまったんですよね。そこで戦いに決着がついたという。

※ユポ紙:耐水性に優れた合成紙で、昭文社では「山と高原地図」にて使用。身近なところでは選挙ポスターや、選挙の投票用紙などに用いられている。ユポ・コーポレーションの製品。

飯塚:
ああ、確かに日地出版はユポ紙をよく使っていましたね。

今和泉:
また、冊子で広域をカバーした都市地図では、DTPのデザインについてきた「東京地図出版」と、市町村単位で突出した地図を作っていた「アルプス社」の2社が昭文社の新たなライバルとなった、という認識です。

今和泉:
で、最終的に90年代後半には、本屋さんの都市地図の棚はほぼすべて昭文社のもので占められていた……というのが、私が見ていた風景の記憶でした。

飯塚:
ありがたいことです。

今和泉:
このデザイン変更ですが、他社にも作用した部分があったと思います。ちょうど90年前後は、地図のデザイン改変がすごく多い時期なんです。

だから、「デザインの工夫をすると見やすくなるぞ」と、昭文社が知らしめたことによって、相互作用で地図会社全体のデザインがどんどん洗練されていったと。デザイン改変の先鞭をつけたのが昭文社だったと私は認識しています。

用途別の塗り分けが難しい時代

今和泉:
デザインの話でもうひとつうかがいたいんですが、昭文社では建物を用途別に塗り分けるということもされていますよね。商業施設は赤、というような。

▲用途別に塗り分けている「都市地図 神戸市(2002年)」(クリックで拡大)

今和泉:
最近、政令指定都市の都市地図シリーズの裏にあるビジネスマップにさらに古いものを見つけまして、じつはこれも色分けがなされていたんですよ。

なぜか今と色が違うんですが、昭文社はじつは相当古くからこういうことをやっているという。

▲今和泉さんが最近発見した「都市地図 名古屋市(1975年)」。用途別の塗り分けがなされている(クリックで拡大)

飯塚:
ああ、ありましたね。

今和泉:
この塗り分けも、この時代の他社ではなかなか見ない特徴だなと思っていて。今の塗り分けになる前に、実験的に拡大図だけ塗り分けていたということでしょうか。70年代の試行錯誤というか。

飯塚:
私が入社する前の話なので、詳しいことはわかりませんが、こういう塗り分けは昭和40年代からチャレンジをしていました。当時は他社の都市地図も地味なものが多かったので、差別化のために始めたのだと思います。実用性はともかく。

あとは、地図散策趣味の先駆者といえる紀行作家の堀淳一先生という方がいらっしゃるんですが、これも私の入社以前に、いくつか堀先生の監修を受けた地図があるんです。だから、もしかしたらそこで影響を受けたり、指導を受けていた可能性もあるかもしれません。

今和泉:
堀さんは「地図のたのしみ」など、さまざまな地図に関する本を出している方ですよね。まさか監修を受けていたとは。

飯塚:
堀先生は町別色分けを嫌う人でしたから。「地図がどこも同じような風景になっちゃうから、もっと表情のある地図を作りなさい」という。でも実用地図会社としては、お客さまの使いやすさが第一です。

堀先生の著作は私自身も中高生の頃からわくわくしながら何回も拝読して、まさに「地図のたのしみ」にふれた思いでした。でも、道路地図、都市地図といった実用地図は観点がちょっと違うんです。当時は先生のお気持ちに沿えなかったんじゃないかな。

今和泉:
なるほど……。そしてこの用途別の色分けも、現代ではなかなか大変じゃないかと思うんですが。

飯塚:
おっしゃる通りです。というのも、昔であれば公共施設は縦割りの行政だったので、法務局はこの庁舎というふうに、単一の建物でした。地図も作りやすいですよね。

ところが、現在は合同庁舎化され、さらに高層化され、複合施設が増えてきたわけです。

今和泉:
1階は東武百貨店だけど、2階から5階が市役所になっている栃木市役所をどう塗るか、という問題があるわけですよね。

飯塚:
そうなると、「これを塗り分けることに、どんな意味があるだろう?」と考えてしまいますよね。都市利用の高度化によって、地図1枚で街を表すのが難しい時代にどんどんなってきているな、とは正直思います。

これからの地図とは

今和泉:
最後はデザインの話から少し離れてしまいますが、都市の高度化、そしてWEB地図全盛の時代ですよね。昭文社としては現在まで、そしてこれからどのように展開していこうと考えていますか? たとえば以前、「ノポ」というシリーズがありましたよね。

▲コンビニ向けに販売された「ノポ」シリーズ

飯塚:
ありましたね。2004年ごろから出した、コンビニ用の細長い地図です。

今和泉:
「街の達人」に近い内容の地図だったので、「じゃあ街の達人でいいじゃないか」と思っていたんですが、コンビニに置くためのものだったんですね。ほかにもサイズ違いのものが出るなど、2010年代は地図の種類が増えた印象があります。

飯塚:
人々の生活や販売ルートも変わってきたので、コンビニ向けに作ったものですね。普通の本だと目立ちませんが、細長くしてラックに立てることで目立たせる、という意図です。

また、デジタル化によって、ひとつのデータからさまざまな商品を作ることができるようになった、ということも大きいです。

今和泉:
なるほど、そういうことだったんですね。

▲スマホとのサイズ比較。携帯用の地図も徐々に大きくなっていった

飯塚:
あとは、スマホが普及する前は極小サイズの文庫判やミニサイズ(B6判)が人気で、市場規模も非常に大きかったんです。ポケットに入るサイズの、携帯しやすいものですね。でも、そういう商品は当然WEB地図が普及するにつれて、落ち目になっていくわけですよ。

そこで、携帯はできるけども、適度に閲覧性を確保したサイズに移行していったという部分があります。

今和泉:
そういう環境の変化にともなって、地図の内容自体も変化したところはありますか?

飯塚:
若い世代には「紙の地図を見たことがない」なんて人が多数派でしょう。どちらかといえばユーザーの年齢層が高くなっているのかな、という感じもしますので、字を大きくするなどの工夫は当然してきました。

▲文字の大きさの比較。左は従来の、右は見やすさを追求して文字を大きくした商品(クリックで拡大)

今和泉:
なるほど……。80年代にデザインが進化し、90年代にはスーパーマップルによって、道路地図と都市地図が合体したわけですよね。さらに建物の用途別塗り分けもされて、正直なところ、もう地図は完成されてしまったのではないか?とも思うんです。

この先の地図は、いったいどうなっていくんでしょう。地図編集担当課長の市川さんとしてはいかがですか?

市川:
正直なところ、それは昭文社としても苦悩しているところです。地図の表現については2000年代後半以降、これまでのような大きな進化を起こせていませんから。「この先の表現をどうしていくか」という部分については、我々もまだ答えを見つけられていません。

今和泉:
その場で検索できる実用性という部分では、やはりWEB地図がどうしても強いですから。その中で、WEB地図にはできないことでどう戦っていくか、という。

今和泉:
ただ、カーナビにしろ、WEB地図にしろ、結局ユーザーは表示された線を追いかけていくだけの作業になってしまうので、土地勘はつかないんですよね。

私が空想地図作家になったのは、紙の地図が土地勘をつけることや、都市を面でとらえることの楽しさ、おもしろさを教えてくれたからです。そういった価値や要素を、どう抽出してデザインするか……ということを考えてはいるんですが。

市川:
考えてはいるんですが、難しいですね……。そんななか、昭文社が「これからの地図」の方向性として出したのが、「テーマに特化した内容のものを作る」です。

たとえば、2020年に出した「レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳」などですね。

▲「レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳」。太平洋戦争以降の廃線や路線の付け替え、駅名の変更などを網羅した(クリックするとAmazonの商品サイトが開きます)

今和泉:
これは話題になりましたね! 廃線を含めて、戦後日本のすべての鉄道路線と駅が載っているという。

市川:
これは大変苦労したんですが、初刷が発売1ヶ月もたたずに完売し、慌てて増刷するなど、おかげさまで大ヒットになりました。WEB地図と差別化していくために、こういうテーマに特化した地図も作っていこうと考えています。

▲廃線・旧線の情報に加え、鉄道遺産や車窓から見える景観の地理的コメントなども掲載されている(クリックで拡大)

今和泉:
昭文社は「ことりっぷ」の成功から、地図会社というより、地図を生かした読みものの出版社という色合いを強めてきているような気もします。

「凸凹地図&スリバチの達人」シリーズや「日本歴史地図帳」は読みもの性も高いですからね。

▲「東京23区凸凹地図」。東京の高低差に着目し、立体で表現した新しい地図だ(クリックするとAmazonの商品サイトが開きます)

市川:
「凸凹地図&スリバチの達人」シリーズは東京スリバチ学会の会長・皆川典久さんのほか、古道・街道、河川・暗渠、坂道・階段それぞれの達人に協力していただいて作った地図ですね。

業界では「デコボコマップ」などと自称していますが、すでに何社か取り組んでいる中で、昭文社なりの表現、情報の選択を模索しています。

▲塗り分けならぬ「高低差分け」を実装し、ひと目で高低差がわかるようになった(クリックで拡大)

今和泉:
あれを見たときは「そう来たか!」とびっくりしました。ほかにも、日本歴史地図帳は古い街道までしっかり描き込まれていて、すごいですよね。全国的な知名度のない地方の街道も網羅されていて、よくぞここまで調べたなと。

▲「日本歴史地図帳」は城や宿場、戦いなど歴史の事象を多彩なアイコンで表示した地図だ(クリックするとAmazonの商品サイトが開きます)

市川:
約2万件にもおよぶ歴史物件を、8ジャンル・31種類に分けて、さらに132のアイコンや記号を使って細分化しました。

飯塚:
「歴史もの」といっても、これだけ大量の座標を持った地図データを整然と1冊の本にまとめるのは、一般の出版社にはなかなか難しいと思います。地図を扱い慣れた我々ならではの企画かと。

市川:
歴史の舞台となった街、それぞれの背景や情勢を知ることで、地図がさらに楽しめるんじゃないか、という考えです。

今和泉:
このあたりは純粋に地図というよりは、尖った情報を伝える読みものですよね。どうしてこのような本を作ろうと思ったのでしょう。

▲街道や歴史的人物のコメントなども充実している(クリックで拡大)

市川:
今和泉さんは地図を見て、その情報から土地を読み解いていこうとされる方ですが、やはり多くのお客さまにはまだまだハードルが高い。そこで「コメント等をちりばめ、読みながら眺めることで地図を楽しむきっかけにしていただこう」と考えたところはあります。

今和泉:
現地の尖った情報を伝える地図のはじまりは、1986年発刊の「ツーリングマップル」(発刊当初は二輪車ツーリングマップ)の流れを汲んでいるのかもしれませんね。地図に「景色がきれい」とか「うどんがおいしい」みたいな一言コメントが入っている。

飯塚:
このような地図のあり方は、まさに地図からその土地の景観・歴史・文化といった興味へと読者をいざなうものです。やっと昭文社も堀淳一先生の地図への想いに一歩近づいたのかもしれません。

▲「ツーリングマップル」はライダー目線の地図コメントを詰め込んでいる。ユーザのイマジネーションを高めるため、あえて詳しい情報を書かない場合もあるという

今和泉:
ありのままの情報を伝えることも大事ですけど、遊び心や特化した情報を強く発信していくというのもひとつの方法ですよね。今後の紙地図がどう変わっていくのか、私も楽しみに見守りたいと思います。

まとめ

知られざる、地図デザインの進化。その裏にはさまざまな試行錯誤や、時代の流れを読んだ創業者のするどい嗅覚がありました。そして、その進化は競合他社にも波及し、紙地図の最盛期となった90年代に各社で花開くことになったのでした。

そして、デザインに続き、90年代には「スーパーマップル」によって地図情報の進化が起こりました。これ以上ないほどに完成されてしまった地図デザインの世界ですが、もしかしたら2020年代は「伝えかたの進化」が起こるのかもしれません。

WEB地図全盛の時代、紙の地図がどう生き抜いていくのか。これからも目が離せません。

筆者
少年B

1985年生まれのフリーライター。地図自体に造詣が深いわけではないが、地図を見ながら「こことここの間に道路ができたら便利だなぁ」などと妄想を膨らませるのが趣味のひとつ。(Twitter:@raira21

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