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渋沢栄一が越えた峠は?藍を買い付けにどの峠を越えて信州へ行ったのか?

渋沢栄一が越えた峠は?藍を買い付けにどの峠を越えて信州へ行ったのか?

今話題の大河ドラマでは渋沢栄一が主人公として描かれています。
渋沢栄一といえば多くの会社を立ち上げ、近代日本経済の基礎を作った人物。
新しく刷新される1万円紙幣のデザインにも選ばれており、私たちが新しいお札として渋沢栄一がデザインされた1万円札を手にする日もそう遠くはないことでしょう。

さて、大河ドラマでは市郎右衛門と栄一の渋沢親子が藍染め用の藍を買い付けに信州まで行くシーンが度々描かれています。
また、渋沢栄一が一人で買い付けに行ったシーンもあります。

このシーンを見て思ったことが『渋沢親子はどの峠を越えて信州へ藍を買い付けに行ったのだろう』でした。
彼らはどの峠を越えたのか?気になってしかたありません。

そこで、渋沢栄一が残した記述をもとに信州へ行くために越えたであろう峠について調べてみました。

決して楽な道のりではなかった信州への道

彼らが住んでいた武蔵国血洗島村は現在の埼玉県深谷市血洗島になります。信州は今の長野県です。彼らの住んでいた埼玉県深谷市血洗島から長野県へ向かい、最短距離にある長野県の町までは直線距離で約70㎞。道中には標高1000m前後の峠が立ちはだかり、これらの峠を越えて行かなければ信州へは辿り着けません。当時の交通事情も考えれば決して楽な道のりではなかったはずです。

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