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織田信長ゆかりの名城6選 信長ゆかりの城をめぐる旅 画像:123RF

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織田信長ゆかりの名城6選 信長ゆかりの城をめぐる旅

今回は、天下統一への野望を抱いて上洛した織田信長の道をたどりたいと思います。

混乱を極めた戦国時代を疾風のごとく駆け抜け、天下統一への礎を築いた織田信長。

尾張・美濃周辺に点在する、織田信長ゆかりの城をめぐる旅へ。

織田信長とは

織田信長とは
信長最期の地となった京都市街にある本能寺。現在の境内に信長を祀る信長公廟がある

天文3(1534)年、尾張国・織田信秀の嫡男として生まれ、天文20(1551)年に父の急死により家督を継ぐ。永禄3(1560)年に「桶狭間の戦い」で今川義元率いる大軍を撃破し、その後も数々の戦いで勝利をおさめ天下人への階段を駆け上る。天正10(1582)年、天下をほぼ掌中に治めていたが、家臣・明智光秀の謀叛により京都・本能寺で自刃。享年49。

織田信長とは

信長の遺骨が埋葬されている場所のひとつと考えられている、京都市内にある阿弥陀寺の墓石

織田信長ゆかりの名城とは

天下統一をめざした信長は、京の都に近づくように次々と居城を変えました。

出生地と伝わる名古屋城(当時は那古野城)から始まり、「桶狭間の戦い」の際の居城である清洲城、「天下布武」を決意した岐阜城などと移り、安土城が最後の城。没後に焼失した安土城を除けばいずれも立派な天守が建ち、信長ファンならずとも楽しめます。

この4城のほか、天下人に大きく近づく契機となった激戦の地である小谷城、重臣を置き重視した支城のひとつ・犬山城を加えた6城を、信長ゆかりの城としてご紹介。

なかでも国宝の犬山城には、日本最古といわれる天守があり必見ですよ。

織田信長ゆかりの名城1.尾張徳川家の居城は、信長が幼少期に数々の逸話を残した地「名古屋城」

織田信長ゆかりの名城1.尾張徳川家の居城は、信長が幼少期に数々の逸話を残した地「名古屋城」
日本三名城のひとつに数えられる威風堂々たる姿は、江戸時代の城郭の圧倒的な規模と絢爛さを今に伝えている

慶長15(1610)年、徳川家康の命によって築城された名古屋城。

その前身は今川氏が築城した「那古野城」であり、信長の父・信秀が奪った後、信長が初めて城主を務めた信長ゆかりの城でもあります。

二之丸内にある那古野城址の碑を見学したら、江戸時代の姿を昭和30年代に再建した大天守や金の鯱(しゃちほこ)、見事な石垣などで徳川家の威光を感じたいですね。

名古屋城について知ろう

  • 別名:金鯱城、金城、柳城、亀尾城、蓬左城
  • 築城年:慶長15(1610)年/昭和34(1959)年再建
  • 築城主:徳川家康
  • 主な遺構:本丸東南隅櫓、本丸西南隅櫓、御深井丸西北隅櫓、石垣、堀

天守閣5階には、またがって記念撮影ができる実物大金鯱模型がある

那古野城跡であったことを示す二之丸内の案内板。「尾張の大うつけ」などと呼ばれた時代に信長は城主を務めていた

京都の二条城と並ぶ武家風書院造りと称された「本丸御殿」が城内に再建されている

名古屋城

住所
愛知県名古屋市中区本丸1-1
交通
地下鉄市役所駅から徒歩5分
料金
入場料=大人500円、中学生以下無料/ガイド=無料/(名古屋市内在住の高齢者は本人確認書類等持参で100円、各種手帳・受給者証持参で無料)

織田信長ゆかりの名城2.桶狭間の戦いで名を世に知らしめた、信長第二の居城「清洲城」

織田信長ゆかりの名城2.桶狭間の戦いで名を世に知らしめた、信長第二の居城「清洲城」
旧・清洲町の町制100周年を記念して、1989年に建設された天主閣は、桃山時代の城を想像して再現したもの

永禄3(1560)年5月、わずか10分の1の軍勢で今川氏の大軍を撃破した「桶狭間の戦い」の際の居城。

信長は出陣に際し、城内で幸若舞『敦盛』をひとさし舞った後、南へ馬を走らせて熱田神宮で戦利を祈願したといわれています。

最上部からの眺めのいい三層四階建ての天主閣をはじめ、芸能文化館、清洲城広場、遊歩道がありますよ。

清洲城について知ろう

  • 別名:清須城
  • 築城年:応永12(1405)年
  • 築城主:斯波義重、織田信長・信雄(改築)
  • 主な遺構:土塁

「清洲公園」にある、桶狭間に出陣する姿を描いた信長像は必見

城址から川を挟んだ対岸にある「清洲古城跡公園」には、信長を祀る小社がある

城址横で発掘された石垣を「五条川堤防遊歩道」内に再現

■清洲城
電話番号:052-409-7330
住所:愛知県清須市朝日城屋敷1-1
アクセス:JR東海道本線清洲駅・名鉄名古屋本線新清洲駅から徒歩15分
営業時間:9:00~16:15(閉館16:30)
休業日:月曜、祝日の場合は翌日休
料金:大人300円、小・中学生150円
駐車場:あり、120台(無料)

織田信長ゆかりの名城3.清流を眼下に、天下統一を決意した難攻不落の山城「岐阜城」

織田信長ゆかりの名城3.清流を眼下に、天下統一を決意した難攻不落の山城「岐阜城」
金華山の山頂にある天守へは、登山道のほか、山麓からロープウェーで向かうことができる

清流・長良川を眼下に、濃尾平野を一望する、標高329mの金華山の山頂に建つ城。

斎藤道三が城郭と城下を整備した後、信長が永禄10(1567)~天正4(1576)年に在城し、城下を発展させながら天下統一の足がかりとした拠点です。

昭和31(1956)年に復興された天守は、1~3階が岐阜城の歴史を紹介する史料展示室、最上階が展望台になっています。

岐阜城について知ろう

  • 別名:稲葉山城、金華山城
  • 築城年:建仁年間(1201~1204年)
  • 築城主:二階堂行政、斎藤道三、織田信長
  • 主な遺構:天守台、櫓台跡、門跡、井戸跡、石垣

天守内部には、天下人をめざす威厳に満ちた姿の信長像が安置されている

信長の館があったと考えられている山麓の「岐阜公園」には若き日の信長像も

信長も目にしていたであろう、天守の展望台から眺める360度の大パノラマ風景

岐阜城

住所
岐阜県岐阜市金華山天守閣18
交通
JR岐阜駅から岐阜バス長良橋方面行きで15分、岐阜公園歴史博物館前下車、徒歩5分の山麓駅からぎふ金華山ロープウェーに乗り換えて3分、山頂駅下車、徒歩8分
料金
入場料=200円/(団体30名以上は2割引、高齢者・障がい者は入場無料)

織田信長ゆかりの名城4.黄金をまとった斬新かつ謎多き幻の城「安土城」

織田信長ゆかりの名城4.黄金をまとった斬新かつ謎多き幻の城「安土城」
二の丸跡には、豊臣秀吉が建立した信長廟もある

家督と岐阜城を嫡男・信忠に譲った後、信長が「天下布武」の拠点とし、金箔や朱など色彩豊かに彩られたさまは史上空前のスケールを誇ったと伝わります。

「本能寺の変」後に焼失し、残された石垣や礎石などが歴史の鼓動を伝える城跡。国指定の特別史跡です。

安土城について知ろう

  • 別名:なし
  • 築城年:天正4(1576)年
  • 築城主:織田信長
  • 主な遺構:天主台、曲輪、石垣、堀

安土城天主信長の館

安土城天主5、6階部分の原寸大復元模型を展示。

狩野一門が描いた「金碧障壁画」や金箔約10万枚を使った外壁など、信長の美意識を形にした絢爛豪華な建物は圧巻です。200インチの大画面でVR(ヴァーチャルリアリティ)ムービーも上映しています。

安土城天主 信長の館

住所
滋賀県近江八幡市安土町桑実寺800
交通
JR琵琶湖線安土駅から徒歩25分
料金
大人600円、高・大学生350円、小・中学生170円(安土城考古博物館との共通券あり、障がい者手帳持参で本人と同伴者1名無料)

安土城跡

住所
滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
交通
JR琵琶湖線安土駅から徒歩25分
料金
入山料=大人700円、小人200円/本堂拝観料(土・日曜)=500円/

織田信長ゆかりの名城5.信長が天下取りに大きく近づいた、浅井家滅亡の地「小谷城」

織田信長ゆかりの名城5.信長が天下取りに大きく近づいた、浅井家滅亡の地「小谷城」
小谷山一帯の尾根筋沿いに細長く続く城郭。当時は先進的な造りだったという

信長が畿内を制するために滅ぼした、戦国大名・浅井氏の山城。

本拠としていた浅井長政と、信長の妹でもある長政の妻・お市の方の悲話の舞台となった地です。豊臣秀吉によって城楼、寺院などが長浜に移され、現在は石垣や土塁のみが残ります。

小谷城について知ろう

  • 別名:なし
  • 築城年:永正13(1516)年頃
  • 築城主:浅井亮政
  • 主な遺構:曲輪、堀切、土塁、石垣など

小谷城跡

住所
滋賀県長浜市湖北町伊部、小谷郡上町
交通
JR北陸本線河毛駅から小谷山ふもとまでタクシーで5分
料金
情報なし

城好きなら手に取ってほしい「一度は訪れたい 名将ゆかりの名城」

今回ご紹介した織田信長ゆかりの城は、好評発売中の「一度は訪れたい 名将ゆかりの名城」から抜粋したものです。

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