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徳川家康ゆかりの名城6選 家康ゆかりの城をめぐる旅 画像:123RF

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徳川家康ゆかりの名城6選 家康ゆかりの城をめぐる旅

ここでは徳川家康の生涯をゆかりの城から紐解いていきます。
織田信長、豊臣秀吉の功績を経て、泰平の世を築いた徳川家康。徳川家康生誕の城である「岡崎城」に始まり、ここから大きな戦へと出陣していき、後に出世城と呼ばれた「浜松城」、江戸幕府の幕開けと終焉の地である「二条城」まで、6つの徳川家康ゆかりの城をご紹介。
どんな遺構が残っているのか、現在はどのように利用されているのか、など城によってさまざまですが、徳川家康がそこにいたという実感はひしひしと沸いてきます。徳川家康の生涯の中で、いつの時代の居城だったのかと思いを馳せていくと、徳川家康の生きざまが見えてくるかのようです。

徳川家康とは

徳川家康とは
駿府城近くには、没後に埋葬された久能山東照宮がある。国宝に指定された極彩色の社殿が見もの

天文11(1542)年に岡崎城主の嫡男として誕生。6歳の時から今川義元の人質として過ごした後、「桶狭間の戦い」を機に自立。織田信長と同盟を結び、三河・遠江の2国を平定。信長の死後は豊臣秀吉に臣従し、関東を領するなど順調に領土を広げた。秀吉没後は「関ヶ原の戦い」で西軍を撃破。天下を掌中に治め、江戸幕府を開府。元和2(1616)年没。享年75。

徳川家康とは

居城のひとつである浜松城そばにある浜名湖。名物のうなぎは、家康も口にしたのだろうか

徳川家康ゆかりの名城とは

鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス―。信長と秀吉との違いから、こうたとえられる家康。264年間続いた江戸幕府を開いた天下人です。

出生地である岡崎城に始まり、小大名から武名を上げた浜松城、大御所政治を執りながら最期を迎えた駿府城と、家康が居城とした3つの城を紹介します。

加えて、秀吉と一戦を交えた際に本陣を置いた小牧山城、上洛する際の宿泊所として造営された二条城、重臣であった井伊家が築き、西国へのおさえとして徳川政権を支えた彦根城も家康ゆかりの城。

なお、江戸幕府の拠点として築いた江戸城の大部分は、現在皇居となっています。

徳川家康ゆかりの名城1.天下人への重要なステップを踏んだ出世城「浜松城」

徳川家康ゆかりの名城1.天下人への重要なステップを踏んだ出世城「浜松城」
荒々しい姿の石垣は、「野面積み」と呼ばれるもの。建造当時のままの貴重な石垣が現存している

徳川家康が29~45歳の17年間を過ごし、以降の歴代城主が江戸幕府の重臣に取り立てられたことから、「出世城」と呼ばれている浜松のシンボル。

「長篠の戦い」や「小牧・長久手の戦い」など、家康は戦国期の大きな戦へはこの城から出陣しました。

天守閣の最上階は展望台で、冬の晴れた日には浜名湖や富士山までを見渡すことができますよ。

浜松城について知ろう

  • 別名:出世城
  • 築城年:天正5(1577)年
  • 築城主:徳川家康
  • 主な遺構:石垣、曲輪

「三方ヶ原の戦い」の敗走後に鎧を掛けて休んだと伝わる松が城入口にある

天守門・天守閣の東側の本丸には、若き日の家康像が見られる

天守を取り巻くように植えられた、約340本の桜の名所でもある

浜松城

住所
静岡県浜松市中区元城町100-2
交通
JR東海道新幹線浜松駅から遠鉄バス浜松市役所方面行きで5分、市役所前下車、徒歩3分
料金
大人(高校生以上)200円、中学生以下無料(70歳以上、障がい者は無料)

徳川家康ゆかりの名城2.後に泰平の世をもたらした竹千代生誕の城「岡崎城」

徳川家康ゆかりの名城2.後に泰平の世をもたらした竹千代生誕の城「岡崎城」
往時は東海地方有数の規模を誇った岡崎城

徳川家康(幼名・竹千代)が生まれた城であり、今川義元が「桶狭間の戦い」で敗死した後に今川家から奪還し、初めての居城としたのがこの城。

昭和34(1959)年に再建された天守は2階から4階が歴史資料館になっています。

岡崎公園内にあり、園内には「三河武士のやかた家康館」や「岡崎城二の丸能楽堂」など家康公に関連した施設が並びます。

岡崎城について知ろう

  • 別名:竜城、竜ヶ城
  • 築城年:康正元(1455)年
  • 築城主:西郷稠頼・頼嗣
  • 主な遺構:石垣、堀

桜の名所としても名高く、開花時期の夜は天守閣や堀がライトアップによって美しく彩られる

天守内部の資料館では、精巧に城下町を再現したジオラマで往時の観察を

天守最上階からは、岡崎市街のパノラマ風景が眺められる

岡崎城

住所
愛知県岡崎市康生町561岡崎公園内
交通
名鉄名古屋本線東岡崎駅から徒歩15分
料金
大人200円、小人(5歳~小学生)100円(団体割引あり、岡崎市内在住の65歳以上、障がい者手帳持参者無料)

徳川家康ゆかりの名城3.秀吉に一矢を報いた大戦時に家康が陣城とした「小牧山城」

徳川家康ゆかりの名城3.秀吉に一矢を報いた大戦時に家康が陣城とした「小牧山城」
城下では、信長が築城した当時の町割りが発掘された

小牧山に、織田信長が美濃攻めの拠点として築城。その後、天下人に間近であった豊臣秀吉との戦い「小牧・長久手の戦い」の折、家康が陣城とした城です。

京都の西本願寺飛雲閣を模した三層四階建ての「小牧市歴史館」が山頂に建ちます。

墨俣一夜城について知ろう

  • 別名:なし
  • 築城年:永禄6(1563)年
  • 築城主:織田信長
  • 主な遺構:堀、曲輪、土塁、石垣

小牧市歴史館

住所
愛知県小牧市堀の内1丁目1
交通
名鉄小牧線小牧駅から名鉄バス小牧市役所前・三ッ渕中経由岩倉駅行きで10分、小牧市役所前下車、徒歩10分
料金
入館料(月~金曜)=大人100円、小・中学生30円/入館料(土・日曜、祝日)=大人100円、小・中学生無料/

徳川家康ゆかりの名城4.かつては城郭史上最大の天守閣を持った大御所政権の拠点「駿府城」

徳川家康ゆかりの名城4.かつては城郭史上最大の天守閣を持った大御所政権の拠点「駿府城」
大規模な水濠や石垣から、もっとも完成した平城の姿と評される城郭だった

幼少期の家康が人質として13年を過ごした今川氏の居館跡。

将軍職を秀忠に譲った家康の隠居所として大改修がなされ、日本の城郭のなかで最大規模の天守閣が建てられたと伝わります。

今は江戸期の工法を用いて復元された東御門や巽櫓、坤櫓を見ることができます。

駿府城について知ろう

  • 別名:府中城、静岡城
  • 築城年:天正13(1585)年
  • 築城主:徳川家康
  • 主な遺構:石垣、堀

駿府城跡

住所
静岡県静岡市葵区駿府城公園1-1
交通
JR静岡駅から徒歩15分
料金
東御門・巽櫓入場料=大人200円、小人50円/坤櫓入場料=大人100円、小人50円/紅葉山庭園入園料=大人150円、小人50円/駿府城公園全施設(東御門・巽櫓、坤櫓、紅葉山庭園)共通券=大人360円、小人120円/坤櫓今昔スコープ体験料=500円/(証明書持参で市内在住の70歳以上無料)

徳川家康ゆかりの名城5.家康が築城した江戸時代の幕開け&終焉の地「二条城」

徳川家康ゆかりの名城5.家康が築城した江戸時代の幕開け&終焉の地「二条城」
家康が征夷大将軍に就任した際の祝賀が行なわれるなど、歴史に名を残す儀式祭礼が行なわれた

「関ヶ原の戦い」に勝利した徳川家康が、上洛する際の宿泊所として造営された京の城。

寛永元~3(1624~1626)年、3代将軍・家光が天皇の行幸を仰ぐために改修し、ほぼ現在の規模が完成しました。

幕末には、15代将軍・慶喜が大政奉還を二の丸御殿の大広間で発表。政権を朝廷に返上し、264年続いた江戸幕府に幕を下ろした地でもあります。

二条城について知ろう

  • 別名:旧二条離宮、元離宮二条城
  • 築城年:慶長8(1603)年
  • 築城主:徳川家康
  • 主な遺構:御殿、櫓、門、土蔵、石垣、堀など

大政奉還が発表された二の丸御殿大広間。徳川家の繁栄を象徴する絢爛豪華さが目をひく

小堀遠州による二の丸庭園。多方向からの眺めを考慮した書院造り庭園だ

昭和の名庭と評される「清流園」。東側が洋風、西側が和風庭園になっている

元離宮二条城

住所
京都府京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
交通
地下鉄二条城前駅からすぐ
料金
入城料=一般1030円、中・高校生350円、小学生200円(二の丸御殿観覧料含む)/(30名以上の団体は一般830円、京都市内在住及び通学の小学生、満70歳以上の方無料、障がい者手帳の提示で本人と介護者1名無料)

城好きなら手に取ってほしい「一度は訪れたい 名将ゆかりの名城」

今回ご紹介した徳川家康ゆかりの城は、好評発売中の「一度は訪れたい 名将ゆかりの名城」から抜粋したものです。

徳川家康をはじめとする武将たちが遺した、一度は訪れたい日本の名城・城跡を紹介したハンディサイズのガイドブック。 紹介スポットが一目でわかる大判地図付き!

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国内、海外問わず旅行が大好きな編集者です!旅行好きが高じて旅行ガイドブックを編集する仕事に。まっぷるマガジンの編集を経て、まっぷるトラベルガイドの編集担当者へ。コンテンツディレクターとして、旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、皆さんに信頼できる情報を発信していきます!

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