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常磐橋は東京が誇る都内最古の石橋~かつては家康も渡っていた?! 123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年10月6日

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常磐橋は東京が誇る都内最古の石橋~かつては家康も渡っていた?!

約430年もの歴史ある常磐橋。江戸城に続く正門に架けられ、徳川家康も渡ったかもしれない木橋は明治期に石橋となり、今も文明開化の香りを残しています。

常磐橋は日本橋川にかかる石橋

東京駅からほど近い日本橋の日本銀行前、再開発なども進む日本有数のビジネス街を通る日本橋川に、重厚感ある石造アーチの「常磐橋」(ときわばし)(国指定史跡常盤橋門跡内) が架かかっています。

架橋は、豊臣秀吉が小田原北条氏を滅ぼし、全国統一を成し遂げる天正18(1590)年であり、東京でもっとも古い橋のひとつとされています。架橋当時は、幅10mほどで緩やかなアーチを描く木造橋梁。江戸時代に入ると、江戸城と浅草を結ぶ奥州街道の起点となる交通の要所であることから「大橋」や「浅草口橋」と呼ばれていました。また、江戸城・大手門筋を目指す場合の外堀の正門だった場所を橋脚で結んでいたため、江戸の町の“玄関”という役割を担っていたと考えられています。

常磐橋は近代化のシンボル

常磐橋は明治10(1877)年に木橋から架け替えられて石橋へ。新政府は文明開化のシンボルとして、都心部に13橋の石造アーチ橋を架けました。その唯一の生き残りが常磐橋であり、都内に残る石橋としても庭園にあるものを除き、もっとも古いものといわれています
橋に使われた石は、備前岡山藩主・池田光政らによって築かれた江戸城・小石川門の石垣を再利用。造り自体は和式の石造アーチになりますが、大理石製の親柱のデザインは洋風で、他に類を見ない和洋折衷のたたずまいでした。江戸から明治への近代都市化の象徴だったのです。

常盤橋はどのように「近代的」だったのか

明治初期、文明開化によって木造から近代的な石橋へ改架された常磐橋。調査結果によると、路面は歩道が明確に分離され、両脇の歩道には安山岩(伊豆石)が使用され、中央の車道には花崗岩(白御影石)が斜めに敷き詰められていたと想定されています。
河岸橋台の築石面は、方形の石材を密着させながら組む技法「切り込みはぎ」などでていねいに積み上げ、曲線を描く繊細な意匠は美しいものでした。なお、幕末の頃に熊本県や鹿児島県にはすでに多くの石造アーチが架橋されていたため、現地の石工集団が関東の石工職人に架橋技術を伝え、都心部の橋は造られていました。

常磐橋の2度の大震災での被害と復興

しかし、堅牢な橋も大正12(1923)年の関東大震災には勝つことはできませんでした。常磐橋は被災し、大きなダメージを受けたのち、長い間修理されずに放置されてしまいます。さらに撤去される危機もありましたが、ある人物のおかげで昭和9(1934)年に修復工事が実施されました。

その復興事業に尽力したのが、新1万円札の肖像や大河ドラマで“時の人”となった実業家・渋沢栄一です。震災当時83歳だった渋沢は、震災救護や復興事業を積極的に進め、多額の寄付により、常磐橋一帯の復興も遂げます。残念ながら、渋沢自身は昭和6(1931)年に逝去したため、修復後の橋を見ることができませんでした。それでもその功績を称え、復興事業の一環として開園した、橋に隣接する常盤橋公園内に、渋沢栄一像が建てられたのでした。

常盤橋の東日本大震災での被害と復興

時代は飛んで平成へ。2011年、東日本大震災により2度目の被害に遭います。地震により橋の積石が歪み、崩落の危険が生じたため、常磐橋がある千代田区は修復工事を行うことになります。国指定文化財の再生は機能性・安全性の向上だけでなく、その復元や文化的価値の保全も必要なため、工事は難航を極めました。

当初、2018年の完成予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響による作業中止なども重なり、大幅に遅れて修復工事を終え、震災から10年後の2021年5月より、通行が再開されました。ふたつの美しいアーチが特徴の石橋は、木造だった江戸時代から明治、大正……と無数の人が行き交いました。令和の今、昔の橋からの眺めを想像しながら常磐橋を渡ってみたいものです。

現在の常盤橋は、明治期のものを復元

東日本大震災で被害を受けた後に修復された常磐橋。修理するなかで遺構がみつかり、初めて発掘調査を行っています。
明治期に架けられた橋についても、捨土台や胴木、松杭などが多数発見され、橋を架ける当時の技術の高さを知ることができたといいます。また、ただ修理するだけでなく、古写真や資料などを頼りに、明治期の姿をできるだけ復元してあります。いち早く取り入れられた歩車道分離帯の路面や、唐草のような手摺柵など、デザインとして橋の歴史を体感できるのがポイントです。橋を訪れて渡る際には、両岸からの眺めを堪能してはいかがでしょうか。

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■第1章 地形から読み解くあなたの知らない東京

・最強の城・江戸城はこうして完成した/姿を消した渋谷川が再び川として蘇る
・九品仏川は矢沢川に乗っ取られた?
・標高たったの26m!? 家康ゆかりの愛宕山
・23区内にある低山は江戸時代に増えた!?
・品川台場のために切り崩された御殿山
・日本初の上水・神田上水から玉川上水へ
・東京市の水源確保のため多摩湖に沈んだ村
・八王子と町田の境界にある戦車道路とは?

■第2章 東京の知られざる鉄道・交通網

・高輪築堤出土!品川海上を走った鉄道
・新宿ゴールデン街を都電が走った!
・荒川放水路建設でねじ曲げられた東武線
・かつて山手線はチョコレート色だった!
・知られざる東京都港湾局専用線
・江戸川を走っていたマッチ箱電車とは?
・実働わずか8か月 国鉄武蔵野競技場線
・奥多摩駅のさらに奥に東京都専用の鉄道があった
・渋谷上空にロープウェイ!ひばり号とは?
・道として使われた川-江戸時代の舟運
・本土と伊豆諸島を繋ぐ東海汽船

■第3章 東京が誇る建造物・名建築をめぐる

・高級住宅地・世田谷に200年前栄えた城があった
・江戸幕府を支えた大名屋敷のいま
・大名庭園は金食い虫だった!?
・築地本願寺は海の上に建てられた
・阿吽の武士像が鎮座する迎賓館赤坂離宮
・明治・大正ロマンを感じる西洋建築
・都内最古の石橋・常磐橋
・まるで橋の博物館!隅田川橋梁群

■第5章 東京ゆかりの人物が愛した東京の街

・90年で引っ越し90回以上!葛飾北斎とすみだ
・正岡子規と文人の集う根岸の里
・飛鳥山に居を構えた渋沢栄一
・東急グループを作り上げた鉄道王・五島慶太
・西部王国を築いた堤康次郎と国立学園都市
・夏目漱石-『三四郎』が誕生した早稲田
・森鴎外が愛した千駄木
・青年期までの芥川龍之介を育んだ両国
・向島のラビラント-私娼窟・玉の井と永井荷風
・太宰治が好んだ三鷹の跨線橋も見納め?
・多くの文士・芸術家が集まった馬込文士村

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