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【連載エッセイ・第10回】猫と田舎で暮らしてみた~6匹と僕たちの里山生活~

高橋のら

更新日:2021年2月11日

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【連載エッセイ・第10回】猫と田舎で暮らしてみた~6匹と僕たちの里山生活~

東京生まれ、東京育ち。9年前に奥さんと、大分・国東半島へ移住。

そこで出会った猫たちと、こんどは、自然豊かな伊豆の田舎へ。

ゆっくりと流れる時間のなかで、森や草むらで自由に駆け回る猫たちと、一緒に暮らす日々のあれこれをお伝えしていきます。(毎週火曜日・金曜日に公開)

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遠くへ行かなくなった猫たち

伊豆へ越してきてしばらく経った頃に気づいたことがある。それはお昼と午後5時にキンコーンカンコーンと市が鐘を鳴らすこと。
猫たちのごはんは朝と夕の5時と決まっていて、その時間になると「犬のおまわりさん」を鳴らして食事の時間を告げるのは仔猫の頃からずっと変わらない。昔はそのメロディーが聴こえると皆が猫まっしぐらで集まってきたけれど、9歳になった今では「ん? メシ?」みたいな感じになってしまってちょっと寂しい。

 

彼らの腹時計はかなり正確なのだが、それでもたまには遊びに出かけたままで遅刻する子もいたりする。そこで夕飯は午後5時の鐘が鳴った1分後に「犬のおまわりさん」を流すことにした。始めのうちはその因果関係に気づかなかった猫たちも、半月くらいが経った頃には5時の鐘→夕ご飯ということが理解できたらしく、外で遊んでいてもキンコーンカンコーンと鐘の音がするとそそくさと家へ戻ってくるようになった。
朝5時に鳴らないのが残念だけど正午の鐘ではちょっとしたおやつを猫たちに振る舞う。これも覚えると点呼の代わりになり、外で遊んでいてもみんな昼には一度家へ帰ってくるのが習慣になったのは嬉しいおまけだったかな。

あんまり出かけない長男しま兄に久しぶりで首輪へGPSロガーを付けてみた。

かつて彼らが駆け回ったのは人里を遠く離れた国東の山。半径2kmの中に人家はたった2軒だけという環境で、シカやイノシシはたくさんいたが道を歩いている人間など家族以外にまず見かけることはなかった。
そんな猫たちにとっての桃源郷から越してきた直後に彼らの首輪へGPSを付けてみると、国東で山を歩き回ったそれまでのノリで毎夜片道1~2kmの大遠征を繰り広げていた。
しかし猫たちもそれまで知らなかった「人間の生活圏」というものを目の当たりにして、本能的に「ここはちょっと怖いな」と思ったのだろう。だんだんと行動範囲は狭まってきて、伊豆へ来て3か月も経つとほとんどの子の行動範囲は家から半径100~200mくらいに収まってしまった。

やっぱり遠出はせずに、さんさんと陽の当たるデッキ昼寝の毎日。

朝も夕も食事を終えると皆が1~2時間外へ出てから帰ってくる。どこへ行くでもなくトイレを済ませたり、気候の良い時期は庭の木陰でうたた寝をしたり。
家が狭かった国東の頃とは違い伊豆の家はそこそこ広いから、猫たちがそれぞれにくつろぐ場所は家の内外に幾らでもある。いつの季節も鳥の声しか聴こえない静かな家で、好き勝手に遊んだり眠ったりする彼らの姿はとても幸せそうに見える。そんな時、ああ、ここへ越してきて良かったなあと僕は心から思う。

畑に敷いた藁は懐かしい匂いのするふかふかのベッド。わがまま長女のちーもお気に入り。

遠くまで行ったって、それほど変わったものがある訳じゃないよ。きみらが気力を振り絞って世界の果てまで行ったところで、人生を変えるようなものはそれほど多く転がっちゃいない。
大分県の山の中を嫌というほど歩き回ってきただろう? ここいらだってあの山の中と大した変わりはないんだ。どれだけ多くのものを見たかより、一つのものをどう見たかが大事なんだ。
僕はきょとんとしている猫たちに向かって繰り返しそう囁いている。

元放浪児のぷー。僕の言う事を聞いているのかいないのか。きっと分かってくれるさ。

1960年東京生まれ。製本業経営を経て編集プロダクションを設立。
2011年に東京から大分県国東市へ移住し、2014年に国東市から静岡県伊豆半島に転居しました。現在は伊豆の家で編集業を営みながら仕事上のパートナーでもある家内と、国東で出会った6匹の猫たちと共に暮らしています。
国東での猫暮らしを綴った著書「猫にGPSをつけてみた」雷鳥社刊があります。

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