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【連載エッセイ・第8回】猫と田舎で暮らしてみた~6匹と僕たちの里山生活~

高橋のら

更新日:2021年2月11日

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【連載エッセイ・第8回】猫と田舎で暮らしてみた~6匹と僕たちの里山生活~

東京生まれ、東京育ち。9年前に奥さんと、大分・国東半島へ移住。

そこで出会った猫たちと、こんどは、自然豊かな伊豆の田舎へ。

ゆっくりと流れる時間のなかで、森や草むらで自由に駆け回る猫たちと、一緒に暮らす日々のあれこれをお伝えしていきます。(毎週火曜日・金曜日に公開)

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あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。
今年も「猫と田舎で暮らしてみた」をよろしくお願いします。

明けた明けた、めでたいめでたいと騒ぐのは人間だけ。空も山も海も、さっきまで初日の出だった太陽も、そして我が家の猫たちも、昨日までと何一つ変わらない静かな冬の一日を始めている。
毎年、日付が新年へ変わる直前に近くの山神社へ初詣に行き、僕たち夫婦と6匹の猫が今年も無事でありますようにと神様にお願いしてくる。

あけましておめでとうございます

山の神社らしく拝殿までは階段をいくつも上がっていく

田舎の里山を護る神社はちょっと幻想的。
新年へと日付が変わる頃になると拝殿へと続く九十九折りの階段には二列に並んだ参拝の列ができる。列といっても小さな集落だから長さはせいぜい20か30メートルしかない。それでもいったいこんなにたくさんの人がどこに隠れていたのだろう? と思うのは、日頃見かけない子供や若い夫婦が多いからかも知れない。
いつもなら願をかけた後に田舎らしく甘酒やお汁粉や豚汁の振る舞いがあったり、子供たち大喜びの餅撒きがあったりするのだけど今年はコロナのせいで中止。がっかりした人も多かったか知れないよね。来年に期待しましょう。僕はこのくらいこじんまりした「お祭り騒ぎ」が疲れなくていいなと思う。
お賽銭は財布の中にあった小銭を全部捧げたから、伊豆の山の神も少しは我が家のことを気にかけてくれるかな?

薄い雲海と伊豆の山の向こうにくっきり富士山

日本海側の大雪が心配だけれど伊豆はお正月らしく穏やかに晴れた。昼前になってこれも毎年恒例の大室山詣でへと出かけてきました。きれいな円錐形の大室山は伊東市のシンボル。伊豆へ来ることがあったら一度は立ち寄ってね、というお勧めスポットです。空気も凛と澄んで圧巻の360度大パノラマ。
伊豆の東海岸は地理的にも文化的にも、静岡県というよりはどこか関東の南端にくっついてるイメージがあります。だけどこうして冠雪の少ない富士山や南アルプスを仰いでいると「ああ、やっぱり静岡県だなあ」という気になる。だって関東からじゃ南アルプスは見えないからね。
すがすがしいほどの稜線を眺めながら、欲張らず、意地を張らず、愚痴を言わず、今に感謝しようと自分を諭してきました。なんとなく、再起動をかけたように清々しい一月一日でした。

出かけて帰ってくるとお迎えはいつも長女のちー

クリスマスにはケーキ。お正月にはお餅。そして猫たちにはちょっと贅沢なネコ缶。それが我が家の正しい季節の味わい方。
普段は粗食な猫たち。豪華な缶詰を振る舞われる理由も分からず、ただその美味しさに狂喜している。もっと味わって食べろよ、と思うのは飼い主だけ。ガツガツとお皿を空にした彼らは陽の当たるデッキで毛繕いに余念がない。

美味しい缶詰を食べたらみんなで毛繕い

活気に満ちて騒がしい都会と違い、日頃から眠くなるように穏やかな時間が流れている我が家だけど、田舎の正月はその穏やかさもひとしお。囲炉裏に熾した炭でお餅を焼いて、雑煮の湯気で眼鏡が曇る朝。いつもと変わらないのは部屋をちょこまかしている猫たちだけ。
三ヶ月毎に季節の呼び名が変わり、十二ヶ月で四つの季節が巡るなら冬はもうその三分の一が過ぎたことになる。よく見れば葉の落ちた庭の木蓮には産毛に包まれた蕾が膨らみ始めている。季節はこれからゆっくりと春へ向かっていくんだな。

囲炉裏の餅を見張るのは次女のぷー。焦がすなよ。

1960年東京生まれ。製本業経営を経て編集プロダクションを設立。
2011年に東京から大分県国東市へ移住し、2014年に国東市から静岡県伊豆半島に転居しました。現在は伊豆の家で編集業を営みながら仕事上のパートナーでもある家内と、国東で出会った6匹の猫たちと共に暮らしています。
国東での猫暮らしを綴った著書「猫にGPSをつけてみた」雷鳥社刊があります。

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