【連載エッセイ・第21回】猫と田舎で暮らしてみた～6匹と僕たちの里山生活～

正午に麓から放たれた火はすさまじい勢いで冬枯れたススキに燃え広がり、ものの20分くらいで全山を真っ黒に焼き尽くしてしまう。そして見物に集まった人たちの中からは、誰からともなく「はい、焼けましたー」みたいな声が上がって楽しい。

僕が伊豆へ越してきて今年で7年になるが、最近では山焼き見物の観光客が山からほど近い別荘地内にまで入って来るようになった。たぶん訪れる人が増えて大室山周辺の道路渋滞を避けるためだろうと思う。

1月終わり頃になると山の周囲に「春を告げる山焼き」って幟があちこちに立ち並ぶ。この大室山は四季でちゃんと色を変えるから風情があって僕は大好きだ。春は文字通り丸焦げの真っ黒けっけ。

けれどひと月も経てばその黒の下から徐々に緑が浮き出てくる。

桜の季節が終わる頃には山全体が薄緑に変わって、そこから先はもう日に日に緑を濃くしてくる。初夏から夏にかけては洋芝のように美しい緑が青空に映えてきれい。そしてその緑が徐々に色褪せて秋が深まると、ほんの数日間だけ草紅葉っていう不思議で幻想的な色になる。最後の冬は藁を積み上げたみたいな枯草色。色の和名にはきれいな言葉がたくさんある。山の麓で暮らしていると、大室山は一年で10色ぐらい色を変えると思う。

窓を細く開けると猫たちが顔を上げて、くんくんと鼻を突き出している。そうだよ、昨年もこの匂いがしただろう？　沈丁花やジャスミンより早く香る、これが春を告げる匂いなんだ。

昼間の山焼きだけを見て帰ってしまう人たちはこの匂いを知らない。黒焦げになった山の麓で暮らしている田舎者だけが気づく匂い。隙間だらけの壁や窓から冷たい空気と一緒に流れ込んでくる、それは混じり気のない自然の残り香。

僕は竹箒でそれを掃き集める。猫たちが面白がって邪魔しにくる。箒を手に家の前へ出ると、坂道の向こうで海がキラキラ光っている。振り向けば青空を背にして真っ黒焦げの大室山。どこかで、まだうまく鳴けないウグイスの声が聴こえた。それは生まれたての春の産声。（文・写真：高橋のら）

＞＞次回を読む

＞＞第1回から読む

■6匹の猫を動画で紹介！