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中尊寺金色堂と讃衡蔵の見どころ完全ガイド!拝観料や所要時間、回り方を徹底解説

まっぷるマガジン編集部

更新日: 2026年2月18日

中尊寺金色堂と讃衡蔵の見どころ完全ガイド!拝観料や所要時間、回り方を徹底解説

岩手県平泉町に位置する世界遺産・中尊寺。
その象徴である「金色堂」は、奥州藤原氏の栄華を今に伝える至宝です。
本記事では、3,000点以上の国宝・重要文化財を収蔵する「讃衡蔵(さんこうぞう)」の見どころや、最新拝観料、効率的な回り方を徹底解説します。
所要時間や見逃せない重要スポットも網羅しているので、平泉観光を計画中の方は必見です。
黄金文化の真髄に触れる旅へ出かけましょう。

※掲載の情報は取材時のものです。お出かけの際は最新の情報をご確認ください。

黄金に輝く世界遺産、金色堂「中尊寺」

【絶対見逃せない!】
創建当時から残る唯一の建物
金色堂は、天治元(1124)年、京都から仏師や塗師など、当時の一流の職人が集められて建てられたお堂である。建物の内外を金箔で覆う「皆金色」と称される、類を見ない意匠で建造。随所に漆や象牙、夜光貝を用いた螺鈿細工などの装飾が施され、目を見張る美しさである。内部には、阿弥陀如来像、観音勢至菩薩像、地蔵菩薩像など合計33体もの金色の仏像が安置され、これもまた他に例を見ない構成。奥州藤原氏三代により花開いた平泉仏教文化のなかでも別格の偉容を誇る金色堂は、まさに平泉黄金文化の象徴である。

中尊寺はココがスゴイ!

●金色堂は外だけでなく、内側も全て金箔で覆われている。創建時から「皆金色の仏堂」と人々に呼ばれていたという。
●屋根は宝形造りで、瓦の形をした木材を使った「木瓦葺き」で仕上げている。端に行くほど反り返った美しい形になる。

もっと知りたい金色堂

Q.なぜこんなに金を使えたの?
A.平安期の奥州藤原氏は、砂金や駿馬などの東北の物産品、そして北方から届くワシやアザラシの交易によって大きな富を得ていた。金色堂の建設には、この資金が惜しみなく投じられた。

Q.中尊寺創建当時から残る唯一の建物?
A.12世紀の始めに造営された中尊寺。ほとんどの堂塔は火災などで焼失してしまったが、金色堂だけが唯一残った。昭和37(1962)年より大修理が行なわれ、往時の輝きを取り戻し、現在も美しい輝きを見せている。

Q.なぜ金色堂は覆堂に覆われているの?
A.金色堂を風雨や雪から守るために正応元(1288)年、鎌倉幕府七代将軍・惟康親王の命令により建立された。現在の覆堂は昭和40(1965)年に建てられた鉄筋コンクリート製。旧覆堂は、金色堂の北西側に移築されている。

中尊寺金色堂内部をチェック

【格天井(ごうてんじょう)】
精緻な細工の美しい天井
阿弥陀如来の上にある天井は井の字形の格子の中に、細かな格子が組まれた意匠。すべてに金箔が押され、周囲に夜光貝の螺鈿細工が施されている。

【巻柱の菩薩像と螺鈿細工(らでんざいく)】
平安期の漆技法の粋を集めた
内陣を囲む4本の柱は巻柱と呼ばれる円柱で、蒔絵と螺鈿の細かな装飾が施されている。描かれているのは1本に12体、合計48体の菩薩像。漆工芸で描かれた菩薩は珍しい。

【西北壇(せいほくだん)】
秀衡の遺体を安置した壇
三代・秀衡が安置されていることから秀衡壇とも呼ばれる。螺鈿の文様は太い唐草が基調。遺体はX線調査によって解析され、60歳前後に卒中などで急死したことまで判明している。

【中央壇(ちゅうおうだん)】
鎮座する仏像はすべて国宝!
3つの須弥壇のなかでもっとも大きな中央壇には、初代・清衡が眠る。清衡が生前に造らせたもので、中央には美しく温和な表情の本尊、阿弥陀如来座像が鎮座。両脇を観音・勢至菩薩像が固める。前方の持国天・増長天立像が勇ましい。

【格狭間(こうざま)】
須弥壇それぞれ微妙に異なる
須弥壇の下部は格狭間と呼ばれ、正面と側面には孔雀などの見事な装飾が見られる。3つの須弥壇は造られた時期が異なるため、格狭間のデザインも微妙に変化している。

【西南壇(せいなんだん)】
二代・基衡が眠る須弥壇
中央壇よりひとまわり小さく、西北壇とほぼ同じ大きさに造られている。3つの須弥壇では螺鈿細工が比較的新しい。中央壇と西北壇、西南壇にはそれぞれ11体の仏像が安置。

金色堂

住所
岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202中尊寺
交通
JR東北本線平泉駅から岩手県交通イオン前沢行きバスで5分、中尊寺前下車、徒歩10分
営業期間
通年
営業時間
8:30~17:00(閉館)、11月4日~翌2月は~16:30(閉館)、12月31日は~15:00(閉館)
休業日
無休
料金
大人800円、高校生500円、中学生300円、小学生200円(讃衡蔵との共通拝観券、障がい者手帳持参で入館料半額)

中尊寺 拝観ツアーコースのポイント

平泉仏教文化の中心的存在である中尊寺は、慈覚大師が創建した天台宗の東北大本山。12世紀のはじめに奥州藤原氏初代・清衡により大規模な堂塔の造営が行われた。杉の老木に覆われた参道を上っていけば、国宝建造物第一号の金色堂をはじめ、多くの国宝、重要文化財を展示する讃衡蔵、明治時代に再建された本堂など見どころがいっぱい。

【拝観ツアーコース】
ツアーのポイント
●金色堂&讃衡蔵は有料で拝観料1000円
●讃衡蔵の隣の売店で中尊寺音声ガイド(500円)の貸し出しあり

【START】中尊寺 バス停
⬇ 徒歩2分
1.月見坂 見学時間10分
⬇ 徒歩5分
2.弁慶堂 見学時間10分
⬇ 徒歩4分
3.本堂 見学時間10分
⬇ 徒歩2分
4.峯薬師堂 見学時間10分
⬇ 徒歩3分
5.讃衡蔵 見学時間30分
⬇ 徒歩すぐ
6.金色堂 見学時間15分
⬇ 徒歩15分
【GOAL】中尊寺 バス停

老杉に覆われた表参道「月見坂」

本堂まで約560mにわたって続く表参道。沿道に連なる樹齢約300〜400年の老杉は、江戸時代に平泉を治めた伊達藩によって植えられたものだ。途中には眺めのいい展望所もある。

堂々とした弁慶像が立つ「弁慶堂」

文政9(1826)年に建立。堂内には弁慶の木像が数体安置されていて、もっとも古い像は弁慶の自作とも伝えられている。お堂の前には弁慶力守を置くお札所がある。

不滅の法灯輝く中尊寺の中心「本堂」

明治42(1909)年に再建された中尊寺一山の中心となるお堂。ほとんどの法要や行事がこの本堂で執り行なわれている。本尊の釈迦如来座像は丈六仏という大きな仏像。

”福かえる”がお出迎え「峯薬師堂」

薬師如来を本尊とする小さなお堂。目をはじめ病気平癒に御利益があるとされる。境内には大きなカエルの石像があり「福かえる」として、参拝者らに親しまれている。

中尊寺に伝わる多くの宝物を鑑賞「讃衡蔵」

中尊寺に伝わる3000点以上の国宝、重要文化財のほとんどを収蔵している施設。美しい写経や経絵など、奥州藤原氏が残した平安時代の仏教美術をじっくりと鑑賞しよう。

平安期から輝き続けるお堂「金色堂」

新覆堂の中にある、中尊寺創建当時から残る唯一の建造物。外観だけでなく中も金箔に覆われ、精緻な螺鈿細工や漆芸技法など見どころが多い。日本最初の国宝建造物に指定された。

中尊寺の文化財を収蔵する「讃衡蔵」も必見

【金色堂のすぐ隣!】
中尊寺の文化財3000点余りを収蔵
奥州藤原氏が残した貴重な文化財3000点以上を収蔵している中尊寺の宝物館。平安期の仏像、中尊寺経の名で呼ばれる「紺紙金銀字交書一切経」をはじめとする経の数々、奥州藤原氏の副葬品など、いずれも平泉黄金文化を物語るうえで欠かせない大切なものばかりだ。館内に入ると、まず正面に並んだ3体の丈六仏と対峙。中央の阿弥陀如来座像はかつて本堂の本尊だった仏像である。

讃衡蔵、ココがスゴイ!

【国宝】金銅華鬘(こんどうけまん)
金色堂に掛けられていた銅製鍍金の華鬘。極楽に咲く花である宝相華と人面鳥を施し、浄土世界を描いている。

【国宝】金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図(こんこうみょうさいしょうおうきょうきんじほうとうまんだらず)
紺紙に金泥で金光明最勝王経を塔の形に細字で写経。三代・秀衡の頃に筆写、奉納されたとも伝わる。

讃衡蔵

住所
岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202中尊寺
交通
JR東北本線平泉駅から岩手県交通イオン前沢行きバスで5分、中尊寺前下車、徒歩15分
営業期間
通年
営業時間
8:30~17:00(閉館)、11月4日~翌2月は~16:30(閉館)、12月31日は~15:00(閉館)
休業日
無休
料金
大人1000円、高校生700円、中学生500円、小学生300円(金色堂拝観料含む、団体割引あり、障がい者手帳持参で入館料半額)

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