フリーワード検索

ジャンルから探す

トップ > カルチャー > 

中世の文化、歴史、地理に関する記事

1〜20件を表示 / 全 134件

奥山荘をめぐる和田氏一族の争い~勝訴のきっかけとなった『波月条絵図』とは?

中世の越後国に成立した荘園・奥山荘は、三浦和田氏の所領でした。この三浦和田氏における所領相続問題の最中に『波月条絵図』は生まれます……。...

山形県の城と城下町~山形城・米沢城以外にも最上氏の改易により城下町が整備された近世

中世に軍事拠点として数々の城が築かれますが、近世に入り世の中が安定すると、城下町の整備が活発になります。近世初期、県域の城下町は山形と米沢のみでしたが、最上氏が改易となり、最上氏の重臣が住んでいた鶴岡...

【中世期の出羽国】鎌倉御家人が地頭として進出!次第に激化する権力争いのゆくえ

鎌倉時代以降、出羽国内に入部した関東御家人が土着していきました。やがて彼らがそれぞれ勢力拡大を目指し、争いを繰り広げるようになっていきます。...

秋田の中世史~秋田県域に関東御家人が入部して戦国時代には中小領主が乱立する

豪族によって治められていた秋田の地に、武家が入部していました。 政治的大転換を迎え、秋田県域では武士が支配権を巡って争うようになります。...

岩手県の中世の歴史~奥州藤原氏を源頼朝が滅ぼし奥州支配権を奪った

奥州藤原氏は独自の勢力を確立しましたが、源頼朝に滅ぼされます。 その後、奥州では幕府権力の後ろ盾を得た勢力が割拠することになります。...

鹿児島にキリスト教や鉄砲が伝来!~日本の南の玄関口~

16世紀、西欧はアジアに植民地を得て、日本まで交易圏を広げてきました。 鹿児島県域は南の玄関口として、南蛮人を受け入れていったのです。...

島津家が統べる薩摩・大隅・日向~守護大名から戦国大名へ

中世の鹿児島は島津氏によって支配されました。 その島津氏もつねに盤石だったわけではなく、内紛を乗り越えて戦国大名化したのでした。...

枕崎港が古来より栄えた坊津にかわり遠洋漁業の拠点に!

古くから中国との交易があった南薩エリア。 なかでも坊津は遣明船の寄港地として栄えていました。 枕崎港が今の賑わいを得るまでの道のりを探ります。...

島原の乱の舞台となった原城跡!籠城戦の裏側が発掘調査で判明!

12万を超える幕府軍を相手に、88日間におよぶ籠城戦が繰り広げられた島原・天草一揆。 舞台となった原城跡の発掘調査で、当時の城の様子や籠城生活の一端が見えてきました。...

長崎の歴史は貿易とともに発展!町人が主役の特異で特例だらけの複雑な自治組織とは?

江戸時代の長崎は特殊な町。 外国貿易で財をなした町人が力をつけ、自治組織により事実上、町を支配しました。 例外的な発展を見せた長崎の特殊性とは何だったのでしょうか。...

大村純忠による苦肉の策!?なぜ長崎はイエズス会領になったのか?

小さな漁村でしたが、ポルトガル船寄港地になり栄えた長崎。 一時期イエズス会領になった歴史の裏には、弱小戦国大名として生き残りをかけた大村純忠(すみただ)の策がありました。...

松浦隆信の尽力と王直のつながりよって栄えた平戸~ポルトガルとの南蛮貿易のはじまり~

ポルトガルとの貿易やキリスト教の布教拠点として栄えた平戸。 その陰には、当時領主だった松浦隆信の尽力と、松浦隆信の庇護を受けた倭寇(わこう)の頭目の姿がありました。...

鷹島神崎遺跡から見る元寇~“神風”の謎が海底遺跡調査で判明!?

鷹島は鎌倉時代に2度にわたった元寇(げんこう)(蒙古襲来(もうこしゅうらい))の激戦地のひとつ。 神風によって沈んだ元の軍船が残る「鷹島神崎(たかしまこうざき)遺跡」の調査で、戦いの詳細がわかってき...

木曽義仲~弓馬に長けた信濃武士が源氏配下として兵士討伐~

信濃国に武士団が形成されたのは、およそ10世紀のこと。平安時代末期から、信濃武士が歴史の表舞台で重要な役割を果たしていきます。...

厳島の歴史と嚴島神社の魅力を探る!~平清盛も崇敬した神社~

嚴島神社や、島内最高峰である弥山など、島全体の14%が世界遺産に認定されている厳島。 平清盛はなぜ、この島に嚴島神社を造営したのでしょうか。...

広島のカキ養殖~波が穏やかで栄養豊富な海が育む冬の味覚

広島県の冬の味覚といえば、カキ。 広島県西部ではカキ養殖が盛んに行われており、日本一の生産量を誇っています。...

広島城は海上交通網を制するためにあえて三角州に築城された

戦国武将である毛利元就の孫・毛利輝元は、土地が狭く地盤の弱い三角州の上に、広島城を築城しました。 全ては、城下町を経済的に発展させるためです。...

毛利元就が中国10カ国を平定するまで重ねた苦労

安芸の国人領主・毛利弘元の次男として誕生した、毛利元就(もうりもとなり)。 27歳で家督を継ぎ70歳で中国10カ国を平定するまでは、苦労の連続でした。...

尾道に寺がたくさんあるのはなぜ?~歴史ある港町と寺院の関係~

2019年に開港から850年を迎えた尾道市。 開港以降、港町の繁栄を築き上げた商人たちと、今なお多く残る寺院との関わりは深いのです。...

中馬は信濃国で発達した輸送業者~宿駅の問屋と輸送業トラブル?~

中馬とは、江戸時代に信濃で発展した荷駄(にだ)の運送方式です。利便性が高く、広範囲に普及していきますが、いさかいの元にもなっていくのでした。...