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大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)

伊勢国(現在の三重県)の商人。1782年白子(しろこ)港の廻船神昌(しんしょう)丸で江戸に向っていたところ、駿河沖で暴風にあって遭難。8か月の漂流ののちアリューシャン列島のアムチトカ島に漂着。寒さと飢えをしのぎながら4年を同島で過ごしたのち、カムチャツカ、イルクーツクにわたる。幾度となくロシアで日本語学校の教師などを打診されるも帰国を望み続け、苦労の末エリク・ラクスマンの計らいでエカチェリナ2世に謁見。1792年アダム・ラクスマンの船で、日本との貿易を望む使節として根室に帰還。
帰国後、幕府にさまざまな質問を受けるも、危険人物という疑惑が残り江戸の薬草場に生涯留め置かれた。その間も見聞した知識を有志の人々に伝えた。その記録に桂川甫周著の『北槎聞略(ほくさぶんりゃく)』がある。

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