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戊辰戦争の舞台となった宇都宮~宇都宮城での大敗が新政府軍を鼓舞した?~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年5月13日

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戊辰戦争の舞台となった宇都宮~宇都宮城での大敗が新政府軍を鼓舞した?~

鳥羽・伏見の戦いにより始まった戊辰戦争は、江戸無血開城を経て、その戦火はいよいよ下野国に迫ります。そしてついに宇都宮で、両軍が激突することとなりました。

戊辰戦争のはじまり

1867( 慶応3)年、徳川幕府最後の将軍徳川慶喜は政権を朝廷に返上します。この大政奉還により、265年にわたる江戸時代は終わりました。しかし、西国雄藩で構成された新政府軍は旧幕府勢力の存在を許さず、翌1868(慶応4/明治元)年、戊辰(ぼしん)戦争が勃発します。旧幕府軍は鳥羽・伏見の戦いで破れ、徳川慶喜は水戸に謹慎するものの、徹底抗戦を主張する幕臣も数多く、戦火は関東に迫ってきました。下野(しもつけ)国の諸藩もそれぞれが、旧幕府方につくか新政府方につくかで藩論が紛糾しました。

戊辰戦争は宇都宮が舞台に

まず黒羽(くろばね)藩と大田原(おおたわら)藩が、いち早く新政府軍への恭順を示します。これとは対照的に、下野国最大の藩である宇都宮藩は藩論がなかなかまとまらず、西郷隆盛と勝海舟の会談による江戸開城が決したあとの3月下旬、ようやく新政府軍への恭順が決まりました。同じ頃、旧幕府歩兵奉行大鳥圭介と新選組副長土方歳三らが率いる旧幕府軍約2000名が、江戸を脱出して下総(しもうさ)に集結。新政府軍に抗戦するため、日光を目指して北上を開始。まず向かったのが、日光街道の要衝・宇都宮でした。

戊辰戦争は宇都宮で両軍が激突

旧幕府軍は下総の松戸で二手に分かれて宇都宮に向かいますが、大鳥率いる本隊は小山(おやま)で会敵し、これを撃破。その間に土方率いる別動隊約1000名が、下館(しもだて)から鬼怒川を渡り宇都宮城下への攻撃を開始します。宇都宮城に籠る新政府軍は、宇都宮藩士や烏山(からすやま)藩士などで構成された旧式装備の兵約500名です。激戦約6時間で、ついに宇都宮城は陥落しました。

戊辰戦争で宇都宮城を奪還した新政府軍

しかし、それからわずか4日後、土佐や薩摩、長州などの精鋭部隊で構成された新政府軍が宇都宮城奪還のための攻撃を開始。城下の「六道の辻」などで激戦となり、多数の死傷者が出ました。その結果、旧幕府軍は宇都宮城を捨てて日光方面へ向かいます。

戊辰戦争は宇都宮城での攻防が新政府軍の原動力?

この宇都宮城をめぐる攻防戦は、東日本における新政府軍の今後を占う最初の激戦であり、「宇都宮で初めに負けたことが、新政府軍を本気にさせ、勝利への原動力になった」と指摘する研究者もいます。新政府軍による宇都宮城奪回以降、両軍の戦闘は今市から会津西街道へ、そして会津との国境に近い三斗小屋(さんとごや)へと移ります。いずれも物量と人員に勝る新政府軍が旧幕府軍を圧倒し、旧幕府軍は決戦の地・会津へと退却していきました。

戊辰戦争の戦況に呼応するように頻発した「世直し」

なお、この戊辰戦争の戦況に呼応するように、下野国一帯で百姓一揆や打ち壊しなどが頻発していたことも見逃せません。「世直し」と呼ばれたこれらの農民蜂起は、のちの自由民権運動につながっていくのです。

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