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渋谷川が再び川として蘇る~“春の小川”の清流はドブ川になり暗渠になっていた~ 123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年10月6日

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渋谷川が再び川として蘇る~“春の小川”の清流はドブ川になり暗渠になっていた~

かつて、渋谷駅から新宿御苑にかけて流れていた渋谷川の変遷をたどります。 現在、その姿を見ることができるのは再開発され整備された一部のみになっています。

暗渠の渋谷川が100年に一度の渋谷再開発で障害となる

東京のシンボル的風景としてとりあげられる渋谷スクランブル交差点。JR線のガード下の道路は明治通りと交差して宮益坂につながり、線路近くの遊歩道を原宿の方に向かうとミヤシタパークがあります。実は、この下は渋谷川が流れ、 暗渠(あんきょ)になったところです。

2027年完成予定の渋谷駅周辺の再開発は100年に一度という大改造で、駅の真上に立つ複数の高層ビルを核として、JR埼京線ホームと東京メトロ銀座線のホームの移動、ビル同士を結ぶ空中通路の構築など、完成済みのものもあります。この再開発で問題となったのが駅の近くを流れる暗渠の渋谷川でした。

渋谷川が暗渠となるまでの歴史

渋谷川は地下を利用するビル建設の障害となったため、川の流路を変えることになりました。東急東横線の乗り場などがある渋谷駅東口地下広場は明治通りと宮益坂の交差点付近にあたります。地下広場の東側の奥には、なんと流路を変えた渋谷川の巨大な壁があるのです。川は地下を流れ、稲荷橋(国道246号の近く)で地上に現れます。水は清流で渋谷川沿いの道はリバーストリートと呼ばれています。

清流として蘇ったというのは、かつての渋谷川の支流は唱歌『春の小川』のモデルになったという清らかな小川だったからです。しかし、町の都市化とともに生活用水などで汚染され、昭和39(1964)年の東京五輪を前に川に蓋をする暗渠化の工事が行われました。宮益橋から上流は昭和36〜38(1961〜1963)年の工事で完全に暗渠化され、川の流れは我々が目にすることができない地下になりました。

また、現在の神宮前2丁目付近には、巌橋(いわおばし)がありました。水源の新宿御苑の池から出た渋谷川は、住宅地の中をゆったり流れていましたが、64年東京五輪を前に暗渠になり巌橋も消えたのでした。

渋谷川が天井を流れる!?

宮下公園近くで宇田川を合流した渋谷川は、それまでまっすぐ南下していましたが、明治通りの方に大きく流路転換し、明治通りと宮益坂の交差点近くを流れるようになっています。

これにより線路近くの暗渠が消え、駅前に地下深いビルの建設が可能になったのです。川の流れが変わっただけでなく、大雨に備えて雨水貯留施設も造られています。特筆されるのは、暗渠になった渋谷川を地下広場で可視できるという大都会らしい画期的な構造になったこと。明治通りと宮益坂との交差点近くの東口地下広場の天井にある四角い壁の中を渋谷川が流れているのです。地下広場の天井の出っ張りの中を川が流れているとは、想像もできないことでしょう。

渋谷川の源流とその行き先、清流復活水とは

渋谷川のおもな源流は新宿御苑の池の湧水です。昭和30年代半ばまで、新宿御苑から出た川は国立競技場の近くから原宿のキャットストリートを流れ、渋谷駅近くの飲食街と線路の間を流れていました。

今回の渋谷駅の再開発で、駅近くを流れる渋谷川の暗渠の存在が大きな問題となり、大改造につながったのです。改造後、渋谷川は稲荷橋近くで地上に姿を現し、従来と同じく渋谷川として天現寺の方に流れています。

しかし、これは渋谷川と宇田川の上流から流れてきた川の水ではありません。約9km北にある新宿区落合水再生センターで高度処理された清流復活水が、強い圧力をかけて地下深く通り渋谷駅付近まで送られてきた水なのです。この水は水量が調節されているため流れは少なくなっています。では、本来の川の水はどこに消えたのかというと、渋谷駅東口地下で他の下水とともに高輪ゲートウェイ駅の東側にある芝浦水再生センターへと送られているのです。

渋谷川の源流とその行き先、清流復活水とは

水量が減少して汚染しやすい都内の河川に、下水道高度処理水を活用して水辺の空間をよみがえらせる事業は1995年から行われています。渋谷川のほか目黒川、呑川(のみかわ)にも高度処理水を送水しているのです。

渋谷川の大工事で流路が変わり、稲荷橋付近では高度処理水が流れています。渋谷川では、それまで並木橋付近から放水されていたのを稲荷橋付近に変更しました。また、旧東横線の線路跡を河川上空広場としています。線路跡の広場にはレールをオブジェとして配置したり、樹木を植えたりして憩いの空間作りを進めていていますが、まだ計画進行中というところです。

渋谷川の流れが地上に現れたのは半世紀ぶり!

渋谷川の主流は新宿御苑を水源としていますが、渋谷の北西方向の丘からも小さい川が土地の傾斜に従って渋谷駅の方に流れています。その中の大きい川が宇田川で、いまは暗渠となっていますが、川は西武百貨店のA館とB館間の道路の地下を流れているのです。両館の連絡通路を地下に作れなかったのは川が流れていたからです。小田急線代々木八幡駅付近で宇田川に合流していたのが河骨(こうほね)川こちらも現在は暗渠ですが、大正半ばまでは水田が広がる長閑な風景で、『春の小川』はこの河骨川の風景をモデルにしたとされています。

半世紀ぶりに地上に復活した渋谷川の流れを眺めながら、かつての清流に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

『東京のトリセツ2』好評発売中!

全都道府県が出そろった好評のトリセツシリーズ。本書はそのなかでもとくに話題豊富な首都・東京の第2弾です。本書は地形、交通、歴史、産業・文化などのジャンルからその県ならではの知っておきたい面白いネタを拾ってきて紹介していますが、東京第2弾のコンセプトは「懐かしの東京を知る。江戸・明治・大正・昭和、時間を飛び越え、知らなかった東京を見つけよう!」。江戸城完成の秘密、高輪築堤出土!品川海上を走った鉄道、江戸幕府を支えた大名屋敷のいま、赤坂・麻布・青山は軍施設の密集地、飛鳥山に居を構えた渋沢栄一・・・などなど、今回もまた読み応えのある一冊に仕上がっています。

■第1章 地形から読み解くあなたの知らない東京

・最強の城・江戸城はこうして完成した/姿を消した渋谷川が再び川として蘇る
・九品仏川は矢沢川に乗っ取られた?
・標高たったの26m!? 家康ゆかりの愛宕山
・23区内にある低山は江戸時代に増えた!?
・品川台場のために切り崩された御殿山
・日本初の上水・神田上水から玉川上水へ
・東京市の水源確保のため多摩湖に沈んだ村
・八王子と町田の境界にある戦車道路とは?

■第2章 東京の知られざる鉄道・交通網

・高輪築堤出土!品川海上を走った鉄道
・新宿ゴールデン街を都電が走った!
・荒川放水路建設でねじ曲げられた東武線
・かつて山手線はチョコレート色だった!
・知られざる東京都港湾局専用線
・江戸川を走っていたマッチ箱電車とは?
・実働わずか8か月 国鉄武蔵野競技場線
・奥多摩駅のさらに奥に東京都専用の鉄道があった
・渋谷上空にロープウェイ!ひばり号とは?
・道として使われた川-江戸時代の舟運
・本土と伊豆諸島を繋ぐ東海汽船

■第3章 東京が誇る建造物・名建築をめぐる

・高級住宅地・世田谷に200年前栄えた城があった
・江戸幕府を支えた大名屋敷のいま
・大名庭園は金食い虫だった!?
・築地本願寺は海の上に建てられた
・阿吽の武士像が鎮座する迎賓館赤坂離宮
・明治・大正ロマンを感じる西洋建築
・都内最古の石橋・常磐橋
・まるで橋の博物館!隅田川橋梁群

■第5章 東京ゆかりの人物が愛した東京の街

・90年で引っ越し90回以上!葛飾北斎とすみだ
・正岡子規と文人の集う根岸の里
・飛鳥山に居を構えた渋沢栄一
・東急グループを作り上げた鉄道王・五島慶太
・西部王国を築いた堤康次郎と国立学園都市
・夏目漱石-『三四郎』が誕生した早稲田
・森鴎外が愛した千駄木
・青年期までの芥川龍之介を育んだ両国
・向島のラビラント-私娼窟・玉の井と永井荷風
・太宰治が好んだ三鷹の跨線橋も見納め?
・多くの文士・芸術家が集まった馬込文士村

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