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里見氏の安房統一の栄光と挫折~関東の覇権をかけてのちに北条氏と争う~

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2021年12月7日

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里見氏の安房統一の栄光と挫折~関東の覇権をかけてのちに北条氏と争う~

戦国時代に安房を統一したのは里見氏でした。
5代義堯に導かれて成長した里見氏は、関東の覇権をかけ、やがて相模の北条氏と争うことになります。

里見氏の安房掌握と『南総里見八犬伝』

戦国時代、安房を支配したのは安房里見(さとみ)氏でした。安房里見氏は出自が不詳で、初代・義実(よしざね)の安房入国にはさまざまな伝説が残り、この里見氏黎明期を題材にした伝奇物語が滝沢馬琴の『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)』(江戸時代に成立)です。

ともあれ、3代義通(よしみち)の頃には安房を掌握し、戦国大名化していたことが確認されています。

里見氏の安房支配の全盛期

里見氏の全盛期を築いたのが、5代義堯(よしたか)です。里見氏内部では後継者争いの内紛が勃発していましたが、義堯は相模小田原の北条氏の援助を受け、4代当主の義豊(よしとよ)(叔父)を誅殺して里見の家督を継承しました。これを天文の内訌(てんぶんのないこう)(稲村の変)といいます。

里見氏と北条氏の対立と房総半島への勢力拡大

その後、真里谷城(まりやつじょう)周辺(木更津市真里谷)を支配していた真里谷氏で家督争いが起きると、どの後継者を推すかを巡り北条氏と対立。 第一次国府台合戦(こうのだいかっせん)(1538年)へと発展します。

義堯は、小弓公方(おゆみくぼう)・足利義明を擁立して相模台(松戸市)に出兵しますが、義明敗死の報を受け、義堯は一度も交戦することなく兵を退かせました。

ここで戦力を温存した義堯は、上総国南部へ進出し、真里谷氏の支配下にあった久留里城や大多喜城を奪取。以降は久留里城を拠点とし、房総半島に勢力を拡大していくことになります。

里見氏は北条氏との抗争や内乱によって弱体化

北条氏と袂を分かった義堯は、越後(新潟県)の上杉謙信と同盟を結び、東京湾を挟んで北条氏と対立しました。

しかし、長年にわたる北条氏との抗争(第二次国府台合戦など)や内乱によって里見氏は徐々に弱体化していきます。義堯の死後には、不利な条件で北条氏との和睦(房相一和(ぼうそういちわ))を結ばされるのでした。

里見氏の豊臣政権下での安房一国統治

こうした情勢は、1590(天正18)年に豊臣秀吉が北条氏への小田原征伐を開始したことにより一変します。

里見氏は豊臣方に参陣しますが、その際に惣無事令(そうぶじれい)に反する行いがあったとされ、秀吉の不興を買ってしまいました。戦後には安房一国のみが安堵され、上総国の所領は没収されました。やむなく里見氏は本拠を館山城(館山市)へと移し、豊臣政権下で命脈を保つことになります。

里見氏の館山藩立藩による安房統治と改易による終焉

ちなみに、このときに秀吉に取りなしてくれたのが徳川家康でした。のちに家康が関ヶ原の戦いに臨むと、里見氏は東軍方(徳川側)として参戦し、戦後の論功行賞では3万石が加増され、合計12万2千石で館山藩が立藩しました。

2代藩主・里見忠義(ただよし)は幕府老中・大久保忠隣(ただちか)の孫娘を娶っていたところ、1614(慶長19)年に忠隣が権力争いに敗れ失脚。忠義も連座させられ、館山藩は廃藩となり、その際に館山城は破却されました。

こうして安房を没収された忠義は伯耆国(ほうきのくに)倉吉(鳥取県倉吉市)3万石へ転封となり、1622(元和8)年に忠義が病死すると、後継者不在によって里見氏は改易となります。

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