フリーワード検索

ジャンルから探す

トップ > カルチャー >  関東 > 群馬県 >

八ッ場ダムの歴史~構想から約70年を経てついに完成! 八ッ場ダム

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年2月10日

この記事をシェアしよう!

八ッ場ダムの歴史~構想から約70年を経てついに完成!

2020年4月、ようやく運用が始まった八ッ場ダム。
約70年前のダム建設構想から完成までの背景や歴史を振り返りながら、新たなダムの町を紹介します。

八ッ場ダムの歴史は約70年前の計画発表から始まる

昭和27(1952)年の八ッ場(やんば)ダム建設計画の発表から68年の時を経た、2020年4月。ついにダムが完成し、運用がスタートしました。なぜこれほど長い年月を費やしてまで、この地にダムがつくられたのでしょうか。

八ッ場ダムの歴史:建設の経緯

通常、ダム建設の目的は治水・利水・発電です。しかし、八ッ場ダムの場合は昭和22(1947)年に大洪水をもたらしたカスリーン台風級の水害から利根川流域や首都を守ることを主目的として、利根川上流域の約1/4の面積を占める主要な支流である吾妻川(あがつまがわ)に建設が計画されました。計画当初は、ダムのコンクリート量が減らせるため建設に適した狭い谷である、吾妻峡(あがつまきょう)のほぼ中央部に建設が予定されていました。

八ッ場ダムの歴史:建設構想が抱えた問題点

しかし、この地にダムを建設するためには、いくつもの問題を抱えていました。まず根本的な問題は、吾妻川の水質は魚が生息できないほどの強酸性だということ。草津白根山を源とする川からの流入が原因で、酸が金属やコンクリートを腐食させてしまうため、ダム建設には適さなかったのです。

代替案として吾妻川の支流へのダム建設が検討されましたが、貯水容量や水没物件などで問題があり、難航しました。また、約340世帯が水没してしまうため建設地住民の反対意見も多く、賛成派と町を二分する深刻な問題も起きました。

八ッ場ダムの歴史:建設が開始されるまでの背景

水質問題は、昭和38(1963)年に建設された草津中和工場から1日約55tの中和剤(石灰石粉)を川に投入し、約3km下流の品木ダムで中和反応促進と中和生成物の収容を行うことで解決。そして住民との長年にわたる協議の結果、ダム建設事業が開始しました。民主党政権時代の2009年には国からダム建設中止が発表されるなど紆余曲折もありつつ、ようやく運用開始となったのです。

八ッ場ダムの歴史:建設が開始されるまでの背景

貯水池からの水圧をダムの重さで支える、重力式コンクリートダム。総貯水量は1億750万㎥と東京ドーム87個分の規模。

八ッ場ダムの歴史:完成とダム周辺の変化

ダムの完成とともに、周辺はどう変わったのでしょうか。ダム建設地を通っていたJR吾妻線と国道145号は高台に移動し、ダム湖を迂回する新ルートに。ダムのほぼ中央にあった川原湯温泉」は、温泉、旅館、住宅ともに湖周辺の新天地へ移転。温泉名物「湯かけ祭り」も新たな会場で行われています。

一方で、残されたものもあります。上毛かるたにも詠まれる国の名勝・吾妻峡は、ほぼ中央部がダム建設予定地でしたが、文化財保護の観点からダムを約600m上流の現在地に移すことで、約3/4の区域が守られました。また、廃線を利用した自転車型トロッコなど、周辺には新たな観光名所が続々と登場しています。

八ッ場ダム完成前後に周辺で新たにできた施設・廃止された施設

八ッ場ダム完成前後に周辺で新たにできた施設・廃止された施設

ダム底の位置にあった川原湯温泉街や、JR吾妻線、国道145号はダムの周りの高台へ。周辺には新たな施設も続々と登場しました。

【新たにできた施設】
「吾妻峡レールバイク アガッタン」
JR吾妻線旧線路を走る、自転車型トロッコ。吾妻線にあった日本一短い、全長7.2mの「樽沢トンネル」もコースに入っています。

「八ッ場バンジー」
ダムにかかる八ッ場大橋から、バンジージャンプができます。ダムに水が入る前は高低差が106mもあり、全国一の高さを誇っていました。

【残ったもの】
「吾妻峡」
吾妻川中流にある約3.5kmにわたる渓谷。かつては歌人の若山牧水も訪れて歌を詠みました。ダムの建設予定地が移動したため、美しい渓谷は水没を免れました。川の両岸に茂る木々や花が、季節ごとに渓谷を彩ります。とくにミツバツツジの咲く4月中旬、新緑の5月、紅葉の10月下旬から11月上旬がおすすめです。

八ッ場ダムの治水効果とダム周辺観光地の発展への期待

2019年の台風19号の際には、試験湛水(たんすい)中の八ッ場ダムを含めた利根川上流の7つのダムが、伊勢崎市付近の利根川水位を約1m下げたという速報値が出ました。治水の面はもちろん、開発が進む周辺の観光地にも今後期待が広がります。

『群馬のトリセツ』好評発売中!

群馬県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。群馬県の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。思わず地図を片手に、行って確かめてみたくなる情報を満載!

Part.1 地図で読み解く群馬の大地

・日本でたった8県しかない「海なし県」 大昔は群馬にも海があった!?
・徳川家康も重要視した日本一の川 暮らしを支える利根川とダム
・地質学的に貴重な資源と、独自の営みが残る 下仁田ジオパークってどんなところ? ほか

Part.2 群馬を駆ける充実の交通網

・こんなところにも鉄道が走っていた! 遺構が残っている群馬の廃線
・昭和に活躍した歴史ある蒸気機関車! 貴重なSLに今も乗れる理由は?
・群馬から東京ディズニーリゾートまで行ける! 日本一のサイクリングロード ほか

Part.3 群馬にまつわる歴史の話

・現・みどり市で見つかった歴史的大発見! 岩宿遺跡はどうして有名なの?
・溶岩の絶景の裏には、歴史的犠牲があった 天明の大飢饉は浅間山が一因!?
・世界遺産は富岡製糸場だけじゃない! 絹産業遺産群とはどんなところ? ほか

Part.4 群馬で育まれた文化や産業

・焼きまんじゅうやうどんは火山が育んだ!? 群馬で生まれた粉ものグルメ
・群馬県民に愛されるマスコットキャラクター ぐんまちゃんは実は2代目!
・「西に西陣、東に桐生」といわれる機どころ 桐生の織物の文化と歴史 ほか

・データで分かる全35市町村 人口の増減、観光、農業・工業
・吉田初三郎が描いた群馬の鳥瞰図
・上毛かるたにも登場する 群馬が誇る、ゆかりのある偉人
・まだまだある、群馬が誇る日本一! 群馬で見つけた日本で一番〇〇なもの

『群馬のトリセツ』を購入するならこちら

まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!

エリア

トップ > カルチャー >  関東 > 群馬県 >

この記事に関連するタグ