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奴国の中心は弥生時代には春日市にあった?

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年1月22日

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奴国の中心は弥生時代には春日市にあった?

春日市は「奴国」の中心地であったといわれています。それを裏付けるように市内からは王墓や当時の最先端技術である青銅器工房が見つかっています。

奴国はどんなところだった?

奴国(なこく)」は、中国の歴史書に初めて名前が記された日本のクニです。西暦57年には「漢委奴国王」と刻まれた金印を中国の光武帝から授けられ、弥生時代が終わる頃には人口が2万世帯余の大国だったことでも知られています。
その所在は、大陸交流の玄関口である福岡平野一帯が定説となっており、福岡平野では中央部を北流する御笠川、那珂川流域で、弥生時代の大小さまざまな遺跡が発見されています。その中でも春日市の須玖(すぐ)遺跡群は、「奴国」最大級の遺跡です。

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