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曹操が父の死に激怒し徐州で大虐殺を敢行

父の死に激怒した曹操が徐州で大虐殺を敢行。

曹操は民まで皆殺しに

兗州(えんしゅう)を抑えた曹操(そうそう)は、193年、徐州(じょしゅう)に侵攻します。正史にはこの時、曹操軍が大虐殺を行なったことが記されています。これは徐州牧・陶謙(とうけん)の配下に父の曹嵩(そうすう)を殺害されたのが原因でした。

父の死を受けて徐州に攻め入った曹操は5つの県城を落とし、援軍に駆けつけた劉備も撃破します。曹操は憎しみに任せて民衆の虐殺も命じたため、曹操軍が通過した地域は死体で河がせき止められるほどの惨状を呈したとされます。

曹操の親友と呂布が兗州を奪う

この虐殺は名士たちの失望を招いた。曹操を見限った名士に呼応して兗州で張邈(ちょうばく)陳宮(ちんきゅう)が反旗を翻し、董卓殺害後、各地を流浪していた呂布(りょふ)を呼び込んだのです。張邈は曹操と親友でしたが、袁紹(えんしょう)との仲が悪化しており、袁紹に与する曹操の手で討たれることを恐れていたとされます。

曹操は徐州制圧を目前にしていましたが、張邈の反乱に慌てて兗州に急行します。曹操は1年かけて兗州を取り戻し、その勢いのままに196年に豫州(よしゅう)も制圧します。

しかし、この時の虐殺が招いた名士の反発は曹操に終生暗い影を落とします。のちの蜀漢(しょくかん)や呉(ご)に仕えた多くの徐州出身の名士は、この時の虐殺から逃れた人々であり、彼らの活躍が曹操の天下統一を妨げたのです。劉備の腹心となる諸葛亮(しょかつりょう)も徐州出身者です。

一方、曹操軍が去った徐州は、亡くなった陶謙の遺言で劉備へと譲られていました。

【曹操の徐州侵攻時注目の武将】陶謙とはどんな武将?

黄巾の乱に際して徐州刺史となり、曹操の父の死の責任を問われて曹操の徐州侵攻を受けました。演義では温厚な人徳者として描かれますが、実際は感情に任せて行動する人物で、反乱軍と結託して勢力拡大を図るなどしていました。死に際して劉備に徐州を託して亡くなりました。

【曹操の徐州侵攻】三国志演義では?

徐州が曹操の攻撃を受けた際、陶謙に仕える糜竺(びじく)が北海(ほっかい)の太守・孔融(こうゆう)への援軍依頼を提案します。折しも孔融は黄巾賊の攻撃を受けて窮地に陥っていました。これを救ったのが太史慈(たいしじ)という若者。彼は平原(へいげん)の劉備に救援を求めて共に賊を打ち破ると、揚州刺史・劉繇(りゅうよう)の元へ去っていきました。

曹操の徐州侵攻

193年、父の仇討ちを掲げて徐州に侵攻した曹操は、苛烈な虐殺を行なったといわれます。陶謙と援軍に駆けつけていた劉備らを破った曹操でしたが、曹操に失望した陳宮、張邈が呂布を兗州に引き入れてしまいます。

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【見どころ】目次より一部抜粋

■序章 三国志とはなにか?
【『三国志』と『三国志演義』】三国志といっても正史と演義のふたつが存在する
【日本人と三国志】江戸時代に始まる日本の三国志ブーム
【名士の社会】三国志の争いに大きな影響を与えた人々

■第1章 曹操の華北制覇
【黄巾の乱】太平道の張角が信徒を率いて蜂起! 群雄割拠の時代が幕を開ける
【董卓の死】子飼いの将に裏切られ命を落とした暴君
【呂布追討】呂布に徐州を奪われた劉備、曹操とともに呂布を討つ ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
董卓の死/曹操・劉備・孫権の人物像

■第2章 三国時代のはじまり
【三顧の礼】荊州にて不遇の日々を送る劉備、諸葛亮と出会う
【赤壁の戦い】業火が曹操の水軍を焼き尽くした三国志最大の戦い
【樊城の戦い】樊城を陥落寸前まで追い詰めた関羽、呉の寝返りにより麦城に散る!
【曹操の死】曹操の死と曹丕の即位が三国時代の幕を開ける ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
三顧の礼/諸葛亮と周瑜の角逐/錦馬超/『孟徳新書』/関帝信仰

■第3章 諸葛亮の北伐
【曹丕の南征】弱体化した呉を狙うも敗退し、蜀呉同盟復活の契機となる
【第一次北伐】劉備の念願をかなえるべく、諸葛亮が長安攻略を目指す
【第五次北伐】魏の持久戦術に成す術なく、五丈原で諸葛亮の命が尽きる

■終章 三国時代の終焉
【蜀の滅亡】厭戦気分の高まる蜀になだれ込み、成都を強行軍によって占領した魏
【魏の滅亡】司馬氏に乗っ取られた魏、禅譲によって晋に取って代わられる
【呉の滅亡】暴君・孫晧の悪政に付け込んで一斉に晋軍が侵攻 ほか

監修者紹介

渡邉義浩(わたなべよしひろ)
1962年生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科史学専攻修了。早稲田大学文学学術院教授。専門は中国古代思想史。文学博士。主な著書に『三国志事典』(大修館書店)、『「三国志」の政治と思想 史実の英雄たち』(講談社)、『三国志 演義から正史、そして史実へ』(中公新書)などがある。

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