柳生家躍進の発端は柳生宗厳（やぎゅうむねよし）（石舟斎（せきしゅうさい））にあります。石舟斎は新陰流開祖に師事し、研鑽の末「無刀取り」（素手で相手の刀を奪い制圧し勝ちを得る技）の技を完成させ、柳生新陰流を開きました。石舟斎の子、宗矩（むねのり）が将軍家の兵法指南役の任に着くと、柳生新陰流は「将軍家御流儀兵法」として天下にその名をとどろかせました。

柳生一族のなかでもひと際有名なのは柳生十兵衛三厳（みつよし）です。柳生十兵衛というと、左目に眼帯を着け幕府の隠密として単独で諸国を旅した腕の立つ剣豪というイメージが浮かびます。

隻眼になったのは幼少の頃、父・宗矩が腕を試そうと不意に投げた石礫（いしつぶて）をよけ損ねたからだと伝わりますが確かな記録はなく、隻眼（せきがん）かどうかも不明です。強いだけではなく、ハンディを負いながら剣豪になったという話は、講談師らが話を盛り上げるために創作したものともいわれています。

この間柳生十兵衛は隠密として諸国を旅したともいわれますが、同時期に宗矩が諸国大名の監察を司る最高職である惣目付（そうめつけ）（のちの大目付）の職に就き、配下に多くの忍びの者がいたことから、そういう説が生まれたようです。そのほか、祖父・石舟斎の門人を訪ねて諸国をめぐりながら武者修行や山賊征伐をしていたなど、さまざまな憶測が生まれました。

柳生十兵衛はみずからの兵法書『月之抄』のなかで、「柳生の庄にこもって柳生流剣法の研鑽に没頭していた」と書いています。確たる証拠はありませんが、おそらくこの時期、柳生十兵衛は宗矩の命で全国の諸流派の剣術の手筋を偵察し柳生新陰流のさらなる向上に努めたのではないでしょうか。

宗矩死後、柳生家当主となった柳生十兵衛は父の遺産から8300石を継ぎ大名から旗本に戻りました。最期は領内で鷹狩の途中に44歳で急逝しましたが、その死にも謎が潜むといわれます。

柳生に開かれた正木坂剣禅道場には、多くの門人が集いました。南都と柳生を結ぶ柳生街道は剣豪たちが足繁く通う道となりました。

柳生十兵衛の生涯の虚実に思いを馳せ、この道を歩く人は今も途絶えることがありません。ひたすら剣術に打ち込み、何者にも縛られない柳生十兵衛の波乱万丈な生き様は今も昔も人々をひきつけています。

奈良県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。奈良県の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。思わず地図を片手に、行って確かめてみたくなる情報を満載！