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武蔵武士の前身、秩父氏は埼玉県域で勢力を拡大

平将恒の孫にあたる平武綱(たいらのたけつな)は、前九年の役(1051年)と後三年の役(1083年)で源頼義(よりよし)・義家(よしいえ)の父子に従って戦い、武綱の子・重綱(しげつな)は武蔵国留守所総検校職(るすどころそうけんぎょうしき)に任じられ、「大主」と称されるようになりました。

重綱の子孫からは、惣領家(そうりょうけ)の畠山氏(深谷市)、河越庄(かわごえのしょう)を開発した河越氏、榛谷(はんがや)氏(神奈川県横浜市)、稲毛氏(神奈川県川崎市)、小山田(おやまだ)氏(東京都町田市)などが出ています。諸氏の拠点は、現在の東京都西部から埼玉県全域と広範にわたっており、秩父氏の流れをくむ武士団がどれほど勢力を拡大していったかがわかります。

「武蔵七党」とは?秩父氏とは別の武蔵武士一派とその他の武士団

12世紀中頃からは、秩父氏とは異なる流れからも有力な武士団が出てきました。それが武蔵七党と呼ばれた集団であり、横山党、猪俣党、野与党、村山党、西党、児玉党、丹党を指します。

ただし、七党の数え方は一定せず、たとえば野与党のかわりに私市(きさい)党を加えるなど諸説があります。武蔵七党の大半は、武蔵守や武蔵介の子孫といわれており、彼らは同族的な武士団を形成しました。

秩父氏と武蔵七党のどちらにも属さない武士集団も存在し、たとえば足立郡司の流れをくむ足立氏や、大里郡熊谷郷を開発した熊谷氏などがその代表例です。比企郡を領した比企氏は、平安初期の公卿・藤原秀郷の末裔を称したように、さまざまなルーツの豪族がいました。

武蔵武士の定義

このように、平安時代から鎌倉時代にかけて、武蔵の国には大小さまざまな武士が存在しましたが、①秩父氏の流れをくむ武士、②武蔵七党に属する中小の武士、③その他の武士と、おおまかに3系統に分類できます。そしてこれら武蔵国の武士集団を総称して「武蔵武士」と呼びます。

武蔵武士の11〜12世紀頃の分布

武蔵武士の11〜12世紀頃の分布
『図説 埼玉県の歴史』(河出書房新社、1992年)ほか各種資料を元に作成

秩父氏一族の豪族的な武士、武蔵七党(横山党、猪俣党、野与党、村山党、西党、児玉党、丹党)に属する中小規模の武士、いずれにも属さない武士と3タイプあった武蔵武士の多くが、埼玉県域に本拠を置いていたことがわかります。

図中、上の道、中の道、下の道はすべて、幕府のある鎌倉から北へ通じる幹線道路です。

武蔵武士は時代の潮流に乗って活躍

1180(治承4)年、源頼朝が伊豆国で挙兵すると、ほとんどの武蔵武士は源頼朝に従いました。挙兵直後の源頼朝は、石橋山の戦い(神奈川県小田原市)で敗れたのち安房に渡り、そこから上総・下総を制して武蔵国に入っています。

このときに頼朝を最初に出迎えたのが前述の足立氏で、そのため頼朝が鎌倉入りした直後には、武蔵武士で最初に本領を安堵されています。また、桓武平氏の秩父氏一族も源氏の頼朝に加担し、平清盛父子の伊勢平氏政権を打倒しました。

このようにして、鎌倉幕府の樹立後、多くの武蔵武士が幕府の御家人など要職に取り立てられたのです。

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