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手宮線の基礎となった北海道初の本格的な鉄道・幌内鉄道

いっぽう、北海道における本格的な鉄道は、1880(明治13)年11月に手宮~札幌間を開業させた官営幌内鉄道(かんえいほろない鉄道)に始まります。

これは日本で3番目に開業した鉄道で、幌内炭鉱から産出される石炭を小樽港へ運搬することと北海道開拓が目的でした。1882(明治15)年に幌内まで全通。その後、1889(明治22)年には北海道炭礦鉄道に譲渡され、1906(明治39)年に国有化されました。

官営幌内鉄道のアメリカ式技術は日本の鉄道に大きな影響を与えた

本州の鉄道はイギリス主導でしたが、官営幌内鉄道では、西部開拓で実績のあるアメリカの技術を採り入れたことが大きな特徴です。

「弁慶号」「義経号」などと命名された当時の蒸気機関車は、カウキャッチャーと呼ばれる牛除けを前頭部に設け、大きな鐘を鳴らして走るアメリカンスタイルでした。

連結器も、本州はヨーロッパで普及していた「ねじ式」でしたが、幌内鉄道はアメリカで普及のミラー式自動連結器を採用。自動連結器は、その後、全国に普及した日本のスタンダード様式で、北海道のミラー式自動連結器はその先がけとなりました。

ねじ式連結器は1925(大正14)年に自動連結器にいっせい交換され現在に至っており、官営幌内鉄道のアメリカの鉄道技術は日本の鉄道に大きな影響を与えました。

手宮線の基礎となった幌内鉄道の現在

最初に開業した手宮~札幌間のうち、手宮~南小樽間は、のちに函館本線の支線、手宮線となりましたが、1985(昭和60)年11月に廃止されました。廃線跡は散策路として整備され積極的に活用されています。

また、手宮には、旧手宮駅跡を本館とした「小樽市総合博物館」があり、開業時の蒸気機関車「しづか号」がアメリカンスタイルで大切に保存されています。

2020(令和2)年の手宮~小樽駅付近

2020(令和2)年の手宮~小樽駅付近

小樽郵便局の北側で分岐し、色内、手宮と続いた手宮線は1985(昭和60)年に廃線となりました。手宮駅跡には小樽市総合博物館が建っています。

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地球規模のプレート運動が北海道の大地と山々をつくる!
むかわ町穂別で発見された新種恐竜カムイサウルスとは!?
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Part.2 北海道を駆け抜ける鉄道網
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Part.3 北海道で動いた歴史の瞬間
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Part.4 北海道で育まれた産業や文化
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<コラム>
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初三郎が描いた北海道の鳥瞰図
過酷な気候と労働が生んだ 小林多喜二のプロレタリア文学

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