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備前刀工集団・長船派はどのようにして生まれたのか 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年4月12日

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備前刀工集団・長船派はどのようにして生まれたのか

岡山県瀬戸内市長船町(せとうちしおさふねちょう)は、刀剣の里として知られています。なぜこの場所に多くの刀工が生まれたのか。備前刀の歴史を探ってみましょう。

備前刀が生まれる下地があった岡山の地質

日本刀の原材料は、木炭を用いて砂鉄を製錬した「玉鋼(たまはがね)」です。砂鉄は、花崗岩(かこうがん)や閃緑岩(せんりょくがん)などに含まれる鉄鉱が、岩石の風化によって分離したものです。花崗岩土壌の上に形成されている岡山県は古くから砂鉄の産地として知られており、弥生時代のものとされる製鉄遺跡も多数発見されています。この、豊富な原料と高度な製鉄技術が、備前刀を生みだす下地となったのです。

平安時代前半まで、備前・備中・美作では鉄生産が盛んに行われていました。

備前刀のはじまりと一文字派

備前刀のはじまりは、平安時代末期までさかのぼります。現在、古備前に分類される友成(ともなり)・正恒(まさつね)・利恒(としつね)・包平(かねひら)など、名だたる刀工が備前刀の基礎を確立しました。鎌倉時代に誕生したのが、一文字(いちもんじ)派です。銘に「一」の字を切ることで知られ、刀工の居住地によって福岡(ふくおか)一文字派・片山(かたやま)一文字派・吉岡(よしおか)一文字派・岩戸(いわと)一文字派に分類されます。豪壮な太刀姿と華やかな刃文は、多くの武将に愛され「備前刀」の地位を高めていったのです。

備前刀の刀工は吉井川下流に集中

備前国の作刀は、川の流れと大きく関係しています。刀工の多くは、吉井川(よしいがわ)の下流域に工房を構えています。近世以降は砂鉄を採集するために「鉄穴(かんな)流し」という方法をとりますが、これには大量の水が必要となります。こうして採集した砂鉄や、玉鋼に製錬された鉄は、吉井川の水運を利用し、下流の刀工の元へ届けられました。作った刀剣を市場で売るのにも、吉井川の水運が活用されたと考えられています。原材料の採集や運搬・完成品の運搬を考えれば、吉井川の下流域が便利だったのでしょう。

備前国に多く、その大半が吉井川沿いに分布しています。

備前刀は長船派によって隆盛を極めた

こうして備前国は、国内有数の刀剣の産地となっていきます。最も隆盛を極めたのが、長船派が誕生した鎌倉時代~室町時代後期にかけてでしょう。長船には「鍛冶屋千軒」と呼ばれるほど多くの刀工が居住し、「西の武器庫」と称されることもありました。
「備前長船」の「名刀」が日本中に浸透した要因の一つに、銘の切り方が挙げられます。長船派の刀工の中には「備前国長船住○○」などの銘を切って、居住地や作刀地を刀剣に記す者がいました。このような銘が入った刀剣は、備前長船の地名を広く印象づけるのに貢献。華やかさと上品さのバランスがよい備前刀は美術品としても愛されました。日宋貿易の輸出品として、備前刀を含め多くの刀剣が海を渡っています。織田信長は備前刀を好んで収集しており、上杉謙信も山鳥毛(さんちょうもう)という備前刀を所有するなど、権力者からも好まれる作風だったようです。現在国宝指定されている刀剣111振りのうち、47振りが備前刀です。

備前刀と長船派は打撃を受けるも伝統を守り続けた

しかし安土桃山時代の吉井川大氾濫により長船は壊滅的な打撃を受け、多くの刀工が被害を受けました。また同時期に、美濃(みの)国(岐阜県)の刀鍛冶が台頭。有力な戦国武将の所領が近かったこと、大量生産できる技術があったことなどから、シェアを奪われてしまいます。
この時代になると刀工を抱える戦国武将が増え、刀工も各地へ分散していきます。しかし備前刀の刀工は「備前国で作刀する備前刀」を重視したため、備前国に留まる者が多くいました。江戸時代になると水害から復興した横山祐定(よこやますけさだ)が岡山藩池田家のお抱え鍛冶となり、長船の伝統を守り続けました。

備前刀は地域文化として伝統を継承

明治維新後は刀剣の需要が低下しますが、帝室技芸員制度によって刀工の技は保護されました。明治天皇が刀剣を好んだことや、日露戦争以降の国粋主義によって日本刀が求められたという背景もあり、日本刀文化は大事に守られてきました。しかし第二次世界大戦後は状況が一変。作刀も禁じられ、刀工にとっては苦渋の時代が続いきました。美濃国の刀工は、刀鍛冶の技術を包丁などの刃物作りにシフト。現在でも岐阜県関市(せきし)は刃物の町として知られており、関孫六(せきのまごろく)は包丁ブランドとして残っています。備前国では地域文化として大切にされてきた「刀剣」の文化や伝統の継承に注力。多くの刀工が備前刀の技や美しさを受け継いでいます。

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・美作はなぜ西日本有数の温泉地なのか
・岡山県指定天然記念物井倉洞はどうやってできた?
・山から貝の化石がとれる不思議
・その大きさは世界2位! 児島湖はなぜ造られたのか?
・「晴れの国岡山」は「天文王国おかやま」だった!
・笠岡市がカブトガニ有数の生息地になった理由

…などなど岡山のダイナミックな自然のポイントを解説。

Part.2 岡山を走る充実の交通網

・瀬戸大橋が鉄道と併用できた理由
・西日本唯一の臨海鉄道線「水島臨海鉄道」の変遷を知る
・わずか16年で廃線になった、幻の三蟠鉄道
・津山扇形機関車庫から見る、岡山県の鉄道の歴史
・山陽新幹線は岡山発が多い?交通の要所・岡山駅のスゴさ
・日本で最も短い路面電車が地元で愛される理由

…などなど岡山ならではの鉄道事情を網羅。

Part.3 岡山で動いた歴史の瞬間

・伝説の城「鬼ノ城」は古代日本の防衛ラインだった
・巨大古墳群からひもとく吉備国と大和朝廷の関係
・戦国大名・宇喜多直家は、邑久郡の小領主だった
・難攻不落の備中高松城を、血を流さずに攻め落とせ!
・宇喜多秀家が基礎を築き池田家が整備した城下町
・岡山藩藩主の憩いの場として築かれた大庭園・後楽園

…などなど、激動の岡山の歴史に興味を惹きつける。

Part.4 岡山で生まれた産業や文化

・古墳時代から受け継がれる備前焼
・岡山県の名産品・白桃は、なぜこんなにおいしいのか?
・蒜山原野の開拓とジャージー牛導入の歴史
・養蚕・イグサ・綿・デニム…。岡山が誇る繊維業
・瀬戸内工業地域・水島コンビナートの誕生秘話
・倉敷市が一大観光地に成長した理由
・刀工集団・長船派は、どのようにして生まれたのか

…などなど岡山の発展の歩みをたどる。

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