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太平洋戦争時の鹿児島は本土防衛の最前線だった! 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年6月22日

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太平洋戦争時の鹿児島は本土防衛の最前線だった!

戦時中の鹿児島県は軍事施設の多い軍都となりました。
大戦末期には本土防衛の最前線となり、連合軍の上陸作戦が実行される寸前でした。

鹿児島の太平洋戦争がはじまるまで

鹿児島県域に陸海軍の飛行場が建設されたのは、1936(昭和11)年が始まりで、鹿屋(かのや)航空基地(鹿屋市西原)にて鹿屋海軍航空隊が発足しました。

翌1937(昭和12)年に廬溝橋事件が起きて日中戦争が始まると、千葉県の木更津航空隊とともに第一連合航空隊を編成し、中国~東シナ海方面への渡洋爆撃を行いました。

太平洋戦争下での鹿児島

やがて1941(昭和16)年12月には真珠湾への奇襲攻撃を皮切りに太平洋戦争へと突入しますが、本土の最南端に位置する鹿児島県では、南方への攻撃や防衛に備えるために、各地(出水(いずみ)、知覧、鴨池、串良、万世(ばんせい)、国分(こくぶ)など)に飛行場が建設されていきます。

太平洋戦争での日本は、開戦当初こそ戦線を拡大していったものの、1942(昭和17)年8月にアメリカを中心とする連合軍が体勢を立て直すと、次第に防戦一方となっていきました。

1944(昭和19)年にマリアナ諸島が陥落して絶対国防圏が破られると、日本列島はアメリカのB-29爆撃機の航続可能距離内に入り、沖縄や本土は空襲を受けるようになります。

太平洋戦争で鹿児島は軍都化する

日本は1945(昭和20)年1月20日に帝国陸海軍作戦計画大綱を策定し、本土防衛を目的とした軍の再編に着手。第16方面軍は九州方面を作戦地域として編成されました。そして、本土防衛の最前線である沖縄を守るため、爆弾を搭載した航空機による敵艦船への体当たり攻撃を任務とする部隊を編成します。

いわゆる「神風特別攻撃隊」です。以降、鹿児島県内の飛行場は特攻基地となっていきました。

太平洋戦争での鹿児島への空襲

特攻基地は鹿児島県内にしかなかったので、鹿児島への空襲は激しいものでした。

1945(昭和20) 年3月18日から8月6日まで合計8回の空襲が行われ、死者は3329名、負傷者4633名、罹災人口は11万5385名にのぼりました。なかでも6月17日と7月27日の空襲は苛烈を極め、この両日だけで2736名が亡くなっています。

全市が焼け野原となり、障害物がなくなって遠くまで見通せたので、西鹿児島駅(現・鹿児島中央駅)から海が見えたといわれます。

太平洋戦争で鹿児島でも本土上陸戦が予定されていた

1945(昭和20)年3月26日からは連合軍による沖縄上陸戦が始まります。沖縄本島での戦闘は6月23日には終了し、連合軍は沖縄を本土侵攻に向けての橋頭堡(きょうとうほ)としました。

かねてよりアメリカはダウンフォール作戦(日本本土上陸作戦)を計画しており、その中核を担ったのがオリンピック作戦(九州上陸作戦) とコロネット作戦(関東上陸作戦)です。

沖縄戦末期の6月18日、アメリカのトルーマン大統領は正式にダウンフォール作戦を承認。オリンピック作戦にはアメリカの陸軍第6軍57万人が投入される予定で、沖縄戦同様の激戦が予想されました。

オリンピック作戦は11月1日に開始を予定されていましたが、8月15日に日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏をしたために実行されず、日本軍の第16方面軍も交戦することはありませんでした。

オリンピック作戦図

オリンピック作戦図
『鹿児島県の近現代』(山川出版社、2015年)を元に作成

1945(昭和20)年4月、薩摩半島防衛のため伊集院に第40軍司令部が置かれ、大隅半島防衛のため財部(たからべ)に第57軍 司令部が置かれました。アメリカ軍の上陸地点は鹿児島県内では志布志(しぶし)と吹上浜が有力とされました。この予想は戦後判明したアメリカの作戦とおおむね一致しています。

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Part.1 地図で読み解く鹿児島の大地

・鹿児島を筆頭に九州になぜ火山が多く一直線に並ぶ?
・大正時代に驚くべき大噴火!桜島の形成とメカニズム
・アンモナイトやクビナガリュウなど恐竜時代の化石が獅子島で続々!
・屋久島は巨大な花崗岩の塊を付加体が取り巻いている!
・超巨大火山「喜界カルデラ」に知られざる溶岩ドームが存在!
・薩摩富士・開聞岳や池田湖ほか薩摩半島南東部の火山群の歴史
・テーチ木と奄美の赤黄色土が生む日本を代表する絹織物・大島紬

…などなど鹿児島の自然のポイントを解説。

Part.2 鹿児島を駆け抜ける充実の鉄道網

・明治時代開通の鹿児島線 鹿児島~国分に始まる鉄道史
・新大阪からの直通も走る!九州新幹線鹿児島ルートの全貌
・国内屈指の大幹線として君臨・東京直通も走った鹿児島本線
・日本最長の寝台特急も走った九州東部を縦貫する日豊本線
・「おれんじ食堂」の投入など奮闘する肥薩おれんじ鉄道
・開聞岳ほか薩南の絶景を満喫!JR最南端駅もある指宿枕崎線
・県内唯一の私鉄も今や幻に・鹿児島交通枕崎線&知覧線

…などなど鹿児島の鉄道事情を解説。

Part.3 鹿児島で動いた歴史の瞬間

・鹿児島の古代史総論
・国内最古級の大規模な定住集落跡・上野原遺跡とは?
・政府と薩摩の間に起った軍事的衝突
・日本の南の玄関口・鹿児島に鉄砲やキリスト教が伝来
・九州統一を目指す島津氏VS九州攻めに乗り出した豊臣秀吉
・江戸~薩摩間約1700㎞!最も遠方からの参勤交代
・鹿児島城の築城と薩摩藩独自の外城制度
・薩英戦争が薩摩藩にもたらした近代化と倒幕への方針転換
・戦後アメリカの統治下となった奄美群島が日本復帰

…などなど鹿児島の歴史を徹底解説。

Part.4 鹿児島で育まれた産業や文化

・近代産業の礎を築いた集成館
・日本の金産出量の約9割を占める菱刈鉱山がすごい!
・かつては海軍の航空基地・鹿児島空港開港の歴史
・志布志湾に浮かぶ人工島にある志布志国家石油備蓄基地とは?
・鹿児島臨海工業地帯の造成の変遷をたどる
・ロケット打ち上げ施設は国内唯一・日本で宇宙に一番近い県
・古代より栄えた坊津の港に代わり枕崎が遠洋漁業の拠点に!
・本土が半分がやせたシラス台地なのになぜ全国有数の農業県になれた?

…などなど鹿児島の産業と文化を丁寧に解説。

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