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三島通庸が手掛けた「万世大路」が結んだ福島と米沢 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年2月17日

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三島通庸が手掛けた「万世大路」が結んだ福島と米沢

福島~米沢間の道路は県境の急峻な峠や豪雪と闘い、時代により変遷。
明治時代に開削された万世大路は役目を終えた今、観光資源として注目されています。

三島通庸が尽力した福島~米沢の道路整備

県境に奥羽山脈がそびえる福島~米沢間は中世以降、板谷峠を越える米沢街道がおもな交通路でした。

明治時代に馬車輸送に適した道が求められると、新道開削に豪腕を振るったのが、旧薩摩藩士で山形県の初代県令(現在の知事)三島通庸(みしまみちつね)です。道路整備は社会の繁栄に必須という信念をもち、強引な手法で交通の近代化を推し進めた「土木県令」として知られています。

三島通庸は道路開削を第一に県政を進めた

1876(明治9)年8月、三島通庸は県令に就任すると、道路開削を第一とする県政方針を掲げ、同年11月に県内道路計画を告示。

最長の隧道(ずいどう)(トンネル)が200m余りだった当時、栗子山(くりこやま)に約870mの隧道を掘って車道を通す案は大胆で、反対や不安の声が多かったといいます。ですが、三島通庸は福島県と協定を締結し、国の認可を待たず、12月には米沢側の刈安(かりやす)新道の工事に着手しました。

万世大路の最大難所・栗子山隧道の貫通

最大の難所となる栗子山隧道の工事が始まったのは翌1877(明治10)年。

西側からの掘削は堅固な岩盤に難儀し、当時世界で3台しかなかったアメリカ製の圧搾空気削岩機(あっさくくうきさくがんき)を輸入し使用しました。蒸気を動力とし、そのパワーは坑夫30人分に匹敵したといいます。

東側からは手掘りで進め、ついに1880(明治13)年10月、貫通。

三島通庸が指揮した道路工事の技術力に驚嘆

標高約900mの急峻な峠で死者を出さず、計画通りの位置で貫通させた技術の高さには驚くばかりです。また、近年、隧道工事に西南戦争で収監された囚人らが従事したことが判明しています。彼らは三島通庸と同郷の鹿児島県士族でした。

「万世大路」と明治天皇が命名

同時に開削を進めた福島県側の中野新道と合わせた約48㎞の開通式は1881(明治14) 年、明治天皇を迎えて行われ、天皇から「万世の永きに渡り人々に愛される道となれ」という意味を込めて「万世大路(ばんせいたいろ)」の名が贈られました。

三島通庸は自らの手掛けた道路や工事風景を日本近代絵画の先駆者・高橋由一(たかはしゆいち)に100点以上描かせており、万世大路も当時の様子を伝える貴重な写生画が残っています。

万世大路の衰退と昭和の大改修

開通後は要路のにぎわいを見せた万世大路も、1899(明治32)年に奥羽南線(現・JR奥羽本線)が開通すると、交通量は激減しました。

その後、自動車通行を可能にするため、ルー トを見直し、橋梁を掛け替え、隧道を拡幅してコンクリートで補強するなど、1933(昭和8) 年から3年間の工事を実施。車の通行が可能になり、スイッチバックの多い鉄路より約30分短い時間で福島~米沢間を移動できるようになりました。

この昭和の大改修の後、「栗子山隧道」は「栗子隧道」と改称。ルートを修正したため、栗子隧道の米沢側には、初代と2代目の坑口がふたつ並んでいます。

万世大路の廃道とその後

1966(昭和41)年、東西ふたつの栗子トンネルを経由する栗子ハイウェイ(現・国道13号)の完成により、万世大路は廃道になりました。急勾配や屈曲が多く、冬期5カ月間は積雪で通行止めとなる不便を解消できず、85年の役目を終えました。

その後、福島~米沢間は1992(平成4)年に山形新幹線が開業、2017(平成29)年に東北中央自動車道が開通。「より速くより大量に」という物流の進歩に対応し、次々と新たな交通網が整備されていきます。

万世大路が再評価され注目スポットに

長いあいだ自然に埋もれていた万世大路は2000年代、廃道愛好家らに発見され、「聖地」 として人気が上昇。激しい栄枯盛衰や自然の中を探訪する魅力が注目されています。

また、冬山登山で出合える二ツ小屋隧道の氷柱は、神秘的な風景として話題です。栗子隧道は経済産業省「近代化産業遺産」、万世大路は土木学会「選奨土木遺産」に認定され、「万世大路を歩く会」が毎年開催されるなど、再評価の機運が高まっています。

万世大路が再評価され注目スポットに

栗子峠を貫く歴代の道路は、交通手段や交通量など時代の変化に応じ、改修とルート変更を重ねました。

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Part.1:地図で読み解く福島の大地

・阿武隈山地や奥羽山脈が境目!浜通り・中通り・会津の3地域
・いわきで発掘された首長竜化石フタバスズキリュウとは?
・福島市がぽっかり入る福島盆地はどうやってできた?
・福島発展の礎を築いた常磐炭田
・磐梯山の大噴火と裏磐梯・五色沼湖群の形成
・猪苗代湖畔からウニ化石!?劇的な会津の地形の成り立ち
・石川町が日本三大産地のひとつ ペグマタイトとはどんな岩石?
・大改修から100年が経過 暴れ川・阿武隈川の今と昔

などなど福島のダイナミックな自然のポイントを解説。

Part.2:福島を駆け抜ける鉄道網

・東北本線旧線の黒磯~白河間には明治時代の面影が残されている!?
・日本最大のC62形SL牽引「ゆうづる」が走った常磐線
・かつては東京と新潟を結ぶ架け橋、会津地方の大幹線・磐越西線
・東京・浅草から特急が直通しトロッコ列車も走る会津鉄道
・かつて硫黄輸送で活躍した猪苗代町の沼尻鉄道とは?
・只見川に架かる数々の鉄橋ほか 魅力いっぱい絶景鉄道・只見線

などなど福島ならではの鉄道事情を網羅。

Part.3:福島で動いた歴史の瞬間

・人間の歯や骨をペンダントに!?原始福島の不思議な弔い
・東北地方最古の前方後円墳!会津大塚山古墳が示す会津の力
・浜通りに古代製鉄遺跡を発見! なぜ大規模な製鉄が行われた?
・中世史総論(関東武士が進出し国盗り合戦!白河・伊達・蘆名・岩城氏の攻防)
・南北朝時代に南朝が拠点とした幻の寺院城郭・霊山寺とは?
・伊達氏のルーツは福島にあり!奥州制覇を果たす道のり
・相馬地方を約700年統治した古豪・相馬氏とはどんな一族?
・奥州きっての城下町・若松はどのようにして生まれた?
・会津若松城で籠城戦を続けた会津藩が開城に至るまで

などなど、激動の福島の歴史に興味を惹きつける。

Part.4:福島で育まれた産業や文化

・最澄と大論戦した僧・徳一が開祖!慧日寺から始まった会津の仏教文化
・猪苗代湖の水を郡山へ! 幹線延長52㎞の安積疏水事業
・県境には二ツ小屋隧道が残る 福島と米沢を結んだ万世大路
・東北唯一の中央競馬場が福島市につくられたわけ
・幕府直営の半田銀山 明治時代は五代友厚が経営
・感染症と闘い続けた細菌学者・野口英世の生涯
・日本酒の金賞受賞数日本一!福島の地酒はなぜすごい?

などなど福島の発展の歩みをたどる。

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