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駿府城を徳川家康が大御所の居城とした理由とは?江戸城よりも大きい日本一の天守をもつ城

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年1月22日

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駿府城を徳川家康が大御所の居城とした理由とは?江戸城よりも大きい日本一の天守をもつ城

徳川家康が大御所として過ごしたことで知られる駿府城。
発掘調査の結果、その天守台は日本一大きいものであったことが立証されました。
駿府に天守台と天守を持つ大規模な城が築かれた政治的背景とは何だったのでしょうか。

駿府城天守台と徳川家康

駿府城は三重の堀を持つ輪郭式の城で、現在は本丸と二ノ丸の城跡が駿府城公園として整備されています。

2016(平成28)年から行われている駿府城跡天守台発掘調査の報告によれば、駿府城の慶長期天守台の大きさは、南北(西辺)約68m、東西(北辺)約61m。徳川将軍家の居城である江戸城の天守台が南北(西辺)約45m、東西(北辺)約41mなので、それを大きく上回っているのです。

駿府城になぜ日本一の天守台が建っていたのでしょうか。それは、江戸幕府の創設者で戦国大名のトップとして絶大な権力を握っていた徳川家康が大御所として居住する城だったからにほかなりません。

駿府城の位置

駿府城の位置

現在は、本丸と二ノ丸が駿府城公園となっている城跡。大御所家康が築城した慶長期天守台は公園の北東で発見されました。2018(平成30)年には、豊臣政権が築城に関わったとみられる天正期天守台や金箔瓦も見つかっています。

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

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