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小海線の魅力とは?~JR最高地点を走る高原の鉄道~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年3月25日

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小海線の魅力とは?~JR最高地点を走る高原の鉄道~

前身は私鉄の佐久鉄道、高原鉄道の趣がある小海線は、八ヶ岳を望みJR線最高地点を走っています。かつてはC56形SL「高原のポニー」が駆け抜けました。

小海線はJR鉄道最高地点を走る車窓が美しい路線

小海線(こうみせん)は、JR線でもっとも標高が高い場所を走る路線として知られています。山梨県の小淵沢(こぶちざわ)駅から小諸駅までの78.9㎞を結び、愛称は八ヶ岳高原線です。清里~野辺山間に標高1375mの「JR鉄道最高地点」があり、石碑が建てられて観光名所になっているほか、野辺山駅自体も標高1345.6mのJR線で最高地点にある駅であり、野辺山駅と合わせて9駅がJR線の標高が高い駅トップ10に入っています。

車窓は美しく、小淵沢から野辺山高原まで一気に登り、野辺山付近で八ヶ岳を眺望します。信濃川上(しなのかわかみ)からは千曲川に沿い、田畑を見ながら佐久盆地へと向かいます。

小海線の名前の由来とは?

ところで、海なし県の長野にあって、「海」の文字が入った小海線という名称はなぜつけられたのでしょうか。これは、1000年以上前に八ヶ岳が水蒸気爆発を起こした際、千曲川が堰き止められていくつかの湖ができ、鎌倉時代の中頃まで残ったものを「小海」と命名したのが由来とされています。

小海線の路線図

小海線は、小諸駅(小諸市)と山梨県の小淵沢駅(北杜市)の78.9㎞を31駅で結んでいます(清里以南の4駅が山梨県)。単線・非電化のローカル線ですが、観光車両「HIGH RAIL 1375」を走らせるなど、高原鉄道として人気を博しています。

小海線の歴史と成り立ち

小海線の歴史は、1915(大正4)年8月6日に小諸~小海間を開業させた私鉄の佐久鉄道に始まります。その佐久鉄道は、北は直江津・長岡、南は甲府、身延(みのぶ)線の前身の富士身延鉄道とを結ぶ壮大な本州横断鉄道を計画していましたが、長引く第一次世界大戦とその後の不況で計画が頓挫。佐久鉄道は蒸気機関車と8両の気動車(ガソリンカー)で運転する小さな私鉄で終わってしまいました

その後、国鉄が小海から先を小海北線、小淵沢側からを小海南線として建設。これが延伸を繰り返しながら、佐久鉄道は1934(昭和9)年に国有化され翌35年11月に全通。路線名も晴れて小海線となりました。のんびりと走る佐久鉄道は幻の鉄道となりましたが、ガソリンカー「キホハニ56」1両が、佐久市の旧・中込学校に隣接する成知公園で保存されています。

小海線の魅力あふれる車両たち

現在の小海線の車両は、キハ110形キハE200形気動車です。キハ110形には、同系のキハ100形を加え車内をリクライニングシートや車窓に向いたペアシートなどに大幅改装した観光車両「HIGH RAIL 1375」があり、臨時快速として小諸~小淵沢間に運転されています。夜間には星空を眺める「HIGH RAIL 星空」も運行され、野辺山駅では星空観察会も行われています。

小海線でかつてアイドル的人気を誇った車両「高原のポニー」

しかし、小海線の車両といえばSL時代に活躍し人気を博したC56形蒸気機関車でしょう。その姿から、「高原のポニー」と愛称され長く親しまれていました。細いボイラーにスラリとした煙突があり、テンダー車(水と石炭を入れた車両)を従えた小さくて愛らしい機関車で、八ヶ岳の麓を走る姿を写真に収めようと多くのファンが訪れました。野辺山付近の小さな鉄橋を渡るC56形の写真は当時のポスターやカレンダーにもなり、高原鉄道の小海線の存在をC56形により世間に知らしめたほどです。

C56形は1972(昭和47)年に定期列車の運行を終えますが、人気があまりにも高いため、翌年に「SLのべやま号」が運転されたのち、惜しまれながら引退しました。

それでもC56形の人気は止まず、小淵沢に126号機、清里に149号機、野辺山に96号機、中込に101号機、小諸に144号機と沿線には計5両が保存されています。その人気の高さがわかります。

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Part.1 地図で読み解く長野の大地

・地形・地質総論「東西から圧縮されている長野」
・伊那山地と南アルプスを縦貫!日本最大の断層・中央構造線
・大地溝帯フォッサマグナとかつて信州が海だった証
・火山活動の歴史を物語る山容 八ヶ岳連峰の南北で大きな違い
・北アルプス唯一の活火山!焼岳の噴火と上高地盆地の形成
・天竜川と断層で形成された伊那谷の日本一の河岸段丘
・野尻湖のナウマンゾウ化石に旧石器人の生活が見える?
・千曲川沿いの段丘上に築かれ、急崖と川が守る上田城のすごさ

などなど長野のダイナミックな自然のポイントを解説。

Part.2 長野を駆け抜ける鉄道網

・高崎~長野の長野新幹線に始まり敦賀への延伸を目指す北陸新幹線
・66.7パーミルの勾配路線だった信越本線碓氷峠とは?
・東京と名古屋を結ぶ大幹線で山岳地帯を駆け抜ける中央本線
・明治期に開通し善光寺平と松本盆地を結ぶ篠ノ井線
・伊那谷やアルプスを望み旧型国電も走った飯田線
・県内最大の路線網を誇った、私鉄・長野電鉄の変遷
・別所温泉に向かう温泉電車、上田電鉄別所線の魅力

などなど長野ならではの鉄道事情を網羅。

Part.3 長野で動いた歴史の瞬間

・縄文遺跡の宝庫・信州は日本一の人口密度だった!?
・信濃の国は有数の馬産地! 都に名を馳せた望月の駒とは?
・弓馬に長けた信濃武士が源氏配下として平氏討伐
・信州の南北戦争と呼ばれる大塔合戦はどうして起きた?
・甲斐武田信玄vs越後の上杉謙信、二大英雄が激戦を演じた川中島
・流転した善光寺の本尊は天下人の元に安置された?
・松本の貞亨騒動や上田の宝暦騒動 信州で百姓一揆が続発したわけ
・松本城が直面した取り壊し危機 救ったのは松本の住民だった!

などなど、激動の長野の歴史に興味を惹きつける。

Part.4 長野で育まれた産業や文化

・江戸時代に整備された用水路 五郎兵衛用水路とは?
・信州の気候風土を生かした寒冷地農業のここがすごい!
・蚕糸王国として栄えた長野県が電気機械工業県に変貌したわけ
・明治期の外国人別荘に始まる軽井沢エリアのリゾート化
・洪水を繰り返してきた暴れ川、千曲川を巡る治水事業の全容
・日本三大奇祭に数えられる、諏訪大社の御柱祭の本質とは!?

などなど長野の発展の歩みをたどる。

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