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三宅精一が開発した点字ブロックは岡山県発祥! 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年1月26日

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三宅精一が開発した点字ブロックは岡山県発祥!

点字ブロックが国内で初めて敷設されたのは、1967(昭和42)年のことです。場所は、岡山県立岡山盲学校近くの横断歩道です。

三宅精一は旅館業の傍ら点字ブロックを考案

点字ブロックを開発したのは、倉敷市出身の三宅精一(みやけせいいち)という人物です。青果業を営む家に生まれ、戦後は岡山市に移住して旅館業を始めます。その傍ら三宅精一は、目の不自由な人々の歩行支援として「点字ブロック」を考案します。

三宅精一が点字ブロックの開発を目指した経緯とは

試行錯誤していたころに、セントバーナードを飼いはじめたことがきっかけで、社会福祉法人「日本ライトハウス」2代目理事長である岩橋英行(いわはしひでゆき)と出会います。動物好きの二人は良き理解者、友人として親交を深めました。
1963(昭和38)年ごろ、岩橋が眼病を患っており、数年で失明すると知って心を痛めた三宅精一は、「目の不自由な人にも、安全に・自由に歩いてほしい」と考えるようになりました。彼から「コケと土の境は、足の感覚を通して分かる」と聞いた三宅精一は、「安全地帯」と「危険地帯」を、突起物を配列したブロックで分けることを思い付きます。

三宅精一は点字ブロックを全国へ普及させることを願った

名前を通して「視覚障がい者のための器材である」と社会にアピールできるよう、点字を冠して「点字ブロック」と名付けました。重要になるのは、突起物の形状や配列です。さまざまな並びを試した結果、1965(昭和40)年に30cm四方のブロックに7列×7列の突起を並べた点字ブロック(コンクリート製)が誕生。三宅精一は「点字ブロックを日本の各都市・駅に敷き詰め、目の不自由な人の自主独立の生活をサポートしたい」と強く願い、安全交通試験研究センターを開設しました。

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

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