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【黒部宇奈月キャニオンルートへ潜入】まず、工事用トロッコ電車と竪坑エレベーターで標高800mまで上がる!

欅平駅のその先へいよいよ進む!興奮を隠せない筆者

さあ、「黒部宇奈月キャニオンルート」へ入ってみよう。先人の果てしない労苦に心からの敬意を感じながら、これまでの連載同様、“トンネル好き”の視点を交えて紹介する
(2023年10月12日訪問、冬期は立入禁止)。

黒部宇奈月キャニオンルートの出発点は黒部峡谷鉄道の欅平駅

※以下の時程は視察時のもので、一般開放・旅行商品化された場合には、時間や集合地が変更になることもある点をご容赦いただきたいと思う。

今回の場合、ルートの始点は黒部峡谷鉄道の終着駅である欅平駅で、その始発駅の宇奈月温泉を朝8時17分に出発するトロッコ列車に乗車した。(黒部ダムからの逆コースも予定されている)。

富山地方鉄道の宇奈月温泉駅からは徒歩約3分ほど離れた、黒部峡谷鉄道の宇奈月駅に7時20分に集合の後、随行スタッフの方から行程上の注意点の説明があったが、朝出発の場合には、時間に余裕を持って行動したほうが良いだろう。

憧れ続けた欅平から先に続くトンネル「黒部宇奈月キャニオンルート」

欅平まで約1時間20分の黒部峡谷鉄道のトロッコ列車では、車窓のすぐ近くに「冬期歩道」がたびたび見えた。冬期は豪雪のためトロッコ列車は運休となるが、工事や資材運搬用に人が1人通れるくらいの口径の狭い歩行専用のトンネルを設けたもので、線路沿いに延々と続いている。戦前から、ここを通って人力で貴重な物資が運ばれ、またダム工事の最中には非常運搬用の役割も担ったのである。

欅平駅に降り立ち、一般の観光ツアーの人たちが去ると、ホームの先に、見えている!欅平から先に続くトンネルだ。
トロッコを牽引する電気機関車が行き来していて、機関車が走行すると峡谷の小さな駅が轟音で賑やかになる。かつて私は、このホームに立って、一度でいいからその先へ行ってみたい、と思ったもので、興奮を禁じ得なかった。ホーム上では、その日ご案内いただいた係の方からヘルメットが配られ、胸がさらに高鳴った。

黒部宇奈月キャニオンルート専用のトロッコ列車と竪坑エレベーターを乗り継いで進む

戦前に作られた資材運搬用エレベーターは奥行き約4m。機関車やトロッコ客車を1両分載せられる長さの線路が敷設してある

工事用のトロッコがホームに入線してきた。先ほど乗車した観光用のトロッコとほぼ変わらない形状の車両に乗った。
9時58分に出発。すると、わずか5分、500mほどで到着。あっけなかったが、目の前に竪坑エレベーターが出現すると、また興奮度が高まった。
標高約600mの欅平から約800mの上部まで、このエレベーターで200mの標高差を一気に上る。ビル50階分を上ることになり、急峻な地形で鉄道(トロッコ)を延ばすことが出来なかったため、大きなエレベーター内にも線路が通じている。私の年代だと、青函連絡船の船内につながる線路を思い出すが、1939(昭和14)年に設置されたエレベーターだ。建設当時はその標高差は日本一だったとされ、この黒部の険しい奥地に、戦前の技術力をフルに活用して堅牢なエレベーターを造ったことは、驚きとともに、当時国が相当なコストと人力を集中投下していたことを感じさせた。

【黒部宇奈月キャニオンルートへ潜入】蓄電池機関車と“耐熱客車”で「高熱隧道」をゆく

上部専用軌道の素掘りのトンネルが出現。小説にも描かれた「高熱隧道」へとつながる

現在もなお現役の軌道に、事業用のトロッコが停留されていて、鉄道ファンにぐっと来る雰囲気

エレベーターで欅平の上部に出ると、おおっ!蓄電池機関車と“箱”のような客車が数両並び、その先には“素堀り”のトンネルが延々と続き、岩肌が橙色の照明に照らされている。

“箱”のようなミニサイズの客車は耐熱用の特別仕様の客車

これが「高熱隧道」と称される地帯につながる「上部専用軌道」で、ここから黒部川第四発電所まで、6.5kmの専用軌道を行くのだ(うち5.7kmは昭和14年に敷設)。建設資材運搬が主目的であったため、トンネルの内径が小さく、上り勾配になっている(終点の黒部第四発電所までに約50m上る)。軌道らしいポイント転轍機は今も使用されている本格的なもので、鉄道好きでトンネル大好きな私には、この風景でご飯3杯いける、と言いたいところだが、それは、ここで命がけの工事を敢行された先人にあまりに失礼だ。我に返って、何とか平静を装い、車内に入った。

この“箱”のような小型の客車は、「耐熱・耐圧式客車」(耐圧は落石に耐えうる仕様)で、全国の鉄道に乗った私でも、このような特殊な客車に出逢ったことはない。また、蓄電池機関車を採用した理由は、硫黄が架線を腐食してしまうため電化が出来ず、またディーゼル機関車は引火の危険性があったため避けた事情もあった。

高温地帯に掘られたトンネルを進む

扉が閉められ、1台あたりに少人数が乗車した数両の客車が連結された編成が機関車に牽引されて出発した。路面が安定しないせいか、走行音が何となく不気味だ。そして、進みゆくうちに窓は湿気で曇り、外が見づらくなってきた。

耐熱客車の中で係の方からご説明があり、かつて中島みゆきさんがNHK紅白歌合戦で、「地上の星」歌われた場所などのエピソードも伺った

向いに座っていた案内の方から「ちょっと(窓を)開けてみますか」と言われ、一瞬どきっとしたが、少しだけ開けると、暑い!いや、熱かった。小説「高熱隧道」で読んだ、その現場に本当に来ていることを体で実感した。

掘削時、岩盤の温度が160℃を超えたというが、現在も約40℃あるという。そして、硫黄臭が車内に充満した。小説「高熱隧道」で描かれた壮絶な現場の様子が頭に浮かんだが、当時洞内の温度は50℃を超えたとされ、作業員は短時間で交代を繰り返し、後ろから峡谷の冷水をホースで掛けた。太平洋戦争開戦の5年前、当時の日本にとって国家の至上命令だった黒部第三水力発電所と仙人谷ダムを造るため、この異常な高熱地帯にトンネルを掘らなくてはならず、ただひたすらにトンネルを掘り続けた男たちの凄まじい姿がここにあったのだ。蓄電池機関車に牽引された“箱”はガタガタと轟音を立てながら、高熱のトンネル内をひた走り、窓の外はもう熱気で見えなくなっていた。

【黒部宇奈月キャニオンルートへ潜入】仙人谷をのぞみ、黒部第四発電所、そして「インクライン」で一気に上がる

トンネル区間から一旦出た仙人谷駅の窓から、戦前難工事の末に完成した仙人谷ダムを望む(写真:昭文社 保志)

長いトンネルを抜け、外光が差すと、一旦下車。仙人谷だ。
ここはまだ「上部専用軌道」の途中で、黒部川の峡谷を標高859mの鉄橋で越える区間だが、冬期の豪雪のため、軌道は屋根と窓の付いた大きな“回廊”のような中にある。どこか、昔の学校などにあった渡り廊下のようでもある。

仙人谷駅は黒部川を跨ぐ橋上にあり、冬期の豪雪から人と車両の安全を保つため、頑丈な回廊のような造りだ

車両から降りて回廊のような窓から外を眺めると、仙人谷ダムと、豪快に流下する黒部川の水流が眼下に広がっていた。背後の山々には落差165mと言われる雲切の滝が見えた。

ダムの上に、落差165mの雲切の滝が見えた

前述の通り、戦前このダムを築くために、人間は黒部の厳しい自然に何度もはね返された。この鉄橋を頑丈に覆う木製の屋根や壁からも、この地を襲う冬場の猛烈な雪嵐が想起された。「上部専用軌道」はその先のトンネルに入って終点に着き、ここに黒部第四発電所があり、徒歩で所内を見学する。

天井が高く、広い空間に圧倒される黒部第4発電所

黒部宇奈月キャニオンルートの魅力の1つは「くろよん」の施設内を見学できること

高低差があり水の勢いが大きい黒部第4発電所で使用される「ペルトン水車」と呼ばれるプロペラ型の装置。水を回転させる重要な役割を持つ(写真:昭文社 保志)

「黒部宇奈月キャニオンルート」の大きな魅力は、普段見ることの出来ない「くろよん」の巨大な水力発電所内の施設をその仕組みも含めて説明付きで見学できることだ。

無人でコントロール可能な操作室。日本を代表する発電所で、普段入れない場所を見学できることもキャニオンルートの魅力になるだろう

現在も関西電力により稼働している発電所内で、落差を利用した水の力で1分間に360回の速さで回転する水力発電用のプロペラ型「ペルトン水車」などを見学し、圧倒されるような発電所の広さにも驚かされた。

どことなく、映画“007”に登場する秘密基地を想像してしまったが、発電所の構造物が地下にあるのは、冬期の厳しい自然条件を避けるほか、国立公園の自然景観を守る目的もあるという。

これが黒部宇奈月キャニオンルートの「インクライン」

インクライン下部の乗降場で。斜度34度の非常に急な勾配の様子に圧倒される

乗降場から上を見上げる。当時世界でも例のなかった建設の末に完成した長大な斜坑

その後、「インクライン」の乗り場に到着。この「インクライン」とは、観光用のケーブルカーの仕組みに、黒部第四発電所建設に必要な資材、機材を運搬する目的を持たせたもので、1959(昭和34)年に完成。
トンネル内の長さ815m、最大高低差456m、斜度34度の急傾斜を約20分かけて昇降する。建設当時、このような急傾斜の長く巨大な斜坑を掘削する工事は世界でも例のないものだった。

それは、乗り場から上を見上げてみると実感できる。傾斜があまりにも急過ぎるのだ。トンネルにおける斜坑の技術は、当時まだ我が国で発達しておらず、鉄道トンネルにおいても1962(昭和37)年に完成した旧国鉄の北陸トンネルで初めて斜坑による掘削が始まったとされる。

黒部宇奈月キャニオンルートの「インクライン」に乗り、現在も稼働中の施設であることを実感

“箱”のような「インクライン」だが、乗車定員は36名、最大積載量は25tと大きい(写真:昭文社 星野俊也)

この「インクライン」は、初めて見る形状だった。急傾斜に対し、レールに沿って斜めに設計された台車に、乗車用の小さなプレハブの“箱”のような人員用のケージが乗っかっていて、その中に乗るのだ。座席は斜度に対して水平を保っているが、席間の間隔が狭く、やや圧迫感があった。
席によっては、上ってきた線路を真下に眺められるが、私の席からはかすかに見える程度で、それでもかなりの斜度を一気に上っている感覚があった。
途中、上から降りてくる「インクライン」とすれ違うのだが、これも観光用のケーブルカーと同じ仕組みで、単線の区間の真ん中だけY字ポイントに挟まれた複線のすれ違い区間がある。すれ違った「インクライン」には工事関係者の方が若干名乗車されていたが、現在もダムや発電所などの保守に毎日利用されている。

インフラツーリズム、と呼ばれる新たな体験では、普段まずもって見ることの出来ない施設を見学できることが魅力であることは勿論だが、こうしたちょっとした瞬間に、現場の関係者の方とすれ違って、そこが今も稼働しているある種神聖な“現場”であることを肌で感じる、ということも貴重に思う。

インクラインを降りると、「標高1325m」の標示が。欅平から700m以上上ってきた

【黒部宇奈月キャニオンルートの絶景ポイント】タル沢横坑から望めた“裏劔”

一般的な大型バスとほぼ同様の専用バスで黒部トンネルを黒部ダムまで向かう

「インクライン」から降り、トンネル内で標高1,325mの地点に達した。ここからルート最後の乗りもの「黒部トンネル内バス」に乗車する。黒部ダムを訪れた人ならば、信濃大町側の扇沢から黒部ダムまでトンネル内バスに乗ったことがあると思う。車体の見た目はほぼ変わらない専用バスだが、バスのボディ側面に“くろべ”とバスの番号が記載されている。

道路際の“10”の標示は鉄道でよく見る距離標示。黒部ダムからここが10kmの地点と思われる

この約10.3kmのトンネルを走る専用バスは、「くろよん」建設時の1959(昭和34)年から資材や工事関係者の運搬用に設けられた。一般道と異なり、道幅がおよそ4mあまりしかなく、トンネル内にバス同士のすれ違い用のスペースも設けられている。また途中、前述の「破砕帯」の地点も通る。ちなみに、終点の黒部ダム付近は、上に関電トンネル(黒部ダム~扇沢間)、下に水路トンネルがあり、3層建てのトンネルとなっている。

タル沢横坑の重要な役割

トンネルバスの途中で下車し、分岐を横坑へ進む。トンネル好きにとって、この“暗さ”がたまらない

トンネル内バスでは、途中のタル沢横坑で一旦下車する。横坑とは、長大なトンネルを掘削する際に、工期を短縮したり、工事そのものを効率的に進めるために設けられた横からの坑口だが、黒部のダム建設においては大量の土砂を外に出す用途のほか、換気などの重要な役割も担い、複数個所に設けられた。この区間のトンネルは貫通までに2年6か月を要したが、5か所の横坑を活用して両サイドから掘り進められ、貫通時にズレはほとんどなく、これは戦後の土木設計技術の高さを示すものでもあったという。

黒部宇奈月キャニオンルートならではの特別な魅力~“裏劔”の眺望

横坑を行くと、北アルプスのこの展望が待っていた! 真ん中の尖った峰が「裏劔(うらつるぎ)」。天候にも恵まれ、ここでしか見ることの出来ない絶景に出逢えた(写真:昭文社 保志)

タル沢横坑は、トンネルの本坑から分岐する形で残っており、舗装道の横坑を進むと、外に出られる。そこは、見学者用に特別に設けられた小さな展望エリアになっているのだが、前の方の同行者から歓声が上がった。

順番に見せていただくと、あっ!と、言葉を失うほどの美しい展望が峡谷の先に広がっていた。少し雲がかかっていたものの晴天で、北アルプスの劔岳が垣間見えた。富山平野と反対方向から見る劔岳は“裏劔”と呼ばれ、雪渓も見えるその雄大な威容は、長く険しい道を辿った熟練の登山者など限られた人しか見ることは出来ない。

タル沢横坑は、天候に恵まれれば“裏劔”と連なる山々の秀麗な姿と、その雪渓に輝く氷河を望むことの出来る稀少なスポットだ。
ここまで半日近く、「高熱隧道」区間を始めとした特殊な長大トンネルを通ってきた身には、目に鮮やかで、十分な清涼剤だった。しかし、標高約1,400mの地点の外気はさすがに冷たく、天候が良くない場合も含めて寒さ対策(ジャンパーなど)が必要だ。

黒部宇奈月キャニオンルートの終着点「黒部ダム」に到着

トンネルバスでルートの終着点・黒部ダムに着くと、13時近く。そこは扇沢行の一般用のトンネルバス乗り場に接しており、団体など観光客の賑わいに包まれていた。他の参加者と分かれて、そのまま、黒部ダムの見学ルートを急な階段を上って、展望台に立った。標高は約1,470m。欅平からエレベーター、トンネル、インクラインなどで実に870mも上ってきたことになる。

巨大なダムの堰堤から、目のくらむような落差を黒部川の峡谷へと流下する水流は瀑布のようだ。対照的に、秋の陽を反射して輝く黒部湖の明るさ。人間の造った壮大なパノラマが目の前に展開している。展望レストランで人気のダムカレーを頂いた後は、「黒部立山アルペンルート」のロープウエイやケーブルカーなどで室堂・立山方面へと巡るのもおすすめだ。

黒部宇奈月キャニオンルートは人生で一度は訪れる価値あり

黒部宇奈月キャニオンルートは人生で一度は訪れる価値あり
宇奈月温泉から半日、トンネルの旅の終着点は豪快な黒部ダム。ダムカレーを食べた後、黒部立山アルペンルートで室堂・立山方面へ行けば、また別の景色と感動が味わえるだろう(写真:昭文社 保志)

目まぐるしく光景が変化した半日だったが、黒部の秘境に先人が土木建設の労苦を重ねてトンネルを掘削し、水力発電の礎を築いた証左をまさしく体感し、さらに“裏劔”を含む北アルプスの秘宝とも言うべき絶景を拝める「黒部宇奈月キャニオンルート」は、やはり人生で一度は訪れたい場所であると納得した。

 

2024年スタート!黒部宇奈月キャニオンルートの詳細はこちら

 

※参考:装備や持ち物について(詳細は一般開放・旅行商品化後の情報をご参照ください)

・工事用トロッコに乗車の際には、スペースがないため、ひざに乗せられるリュック1個まで。
・靴は、ウオーキングシューズなど歩きやすい靴であればOK(登山靴は不要)。
・標高が高く寒い場合もあるので、ジャンパーなど上着が必要。
・宇奈月から黒部ダムの間、水場はないので、水は必携。
・撮影禁止エリアもあるため、案内される方の指示に従うこと。

※参考資料
・「2024.OPEN 黒部宇奈月キャニオンルート始動」(富山県パンフレット、2022年9月)
・「高熱隧道」(吉村昭・著、新潮文庫)
・「鉄道ファン」(2023年12月号、交友社)

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

筆者
花田欣也

トンネルツーリズムプランナー(トンネル探究家)、総務省 地域力創造アドバイザー、一般財団法人地域活性化センター フェロー。

大手旅行会社に長年勤務した経験を生かし、地域観光のアドバイザーを務める。ライフワークとして産業遺産・トンネルを歩き、全国規模で例のないトンネルツアーの講師も務める。「マツコの知らない世界」など等メディアにも数多く登場し、日本の貴重な土木産業遺産の魅力を発信。「トンネルツーリズム」を提唱し、地域活性化に繋げる講演や執筆も精力的に行っている。また、映画関連の書籍も執筆するなど、幅広いフィールドで活動している。近著に「鉄道廃線トンネルの世界~歩ける通れる110」、「是枝裕和とペ・ドウナの奇跡(ともに天夢人・刊)。

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