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上杉禅秀の乱!室町幕府の支配体制が揺らぐ前関東管領によるクーデター

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年1月22日

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上杉禅秀の乱!室町幕府の支配体制が揺らぐ前関東管領によるクーデター

関東管領の上杉氏のうち犬懸家と山内家が競り合うなか、関東管領を罷免された犬懸家の上杉禅秀がクーデターを起こします。最初は禅秀方の優位に展開しましたが、幕府が追討軍を出すと禅秀は自害に追い込まれることに。
【要点はココ!】
◎足利義満が亡くなったことで室町幕府は動揺しました。
◎上杉禅秀の乱は上杉氏内部の対立が原因で勃発しました。
◎4代将軍足利義持の弟義嗣にも嫌疑がかけられ、義嗣は兄によって殺害されました。

上杉禅秀がクーデターを起こす!

室町幕府の全盛期を創出した足利義満は、1408(応永(おうえい)15)年に亡くなります。51歳でした。絶大なカリスマ性をもった3代将軍の死によって幕府は大きく動揺し、支配体制にほころびがみえはじめます。

象徴的な事件が1416(応永23)年に勃発した上杉禅秀(うえすぎぜんしゅう)の乱です。上杉禅秀関東管領(かんとうかんれい)として鎌倉公方(かまくらくぼう)を支えていた人物ですが、鎌倉公方足利持氏(もちうじ)らと対立してクーデターを引き起こしたのです。

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

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