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高津川と大井谷の棚田

高津川の水源がある吉賀町の大井谷地区には、630枚の石積みの田んぼで構成される「大井谷の棚田」が広がっています。大内氏に仕えた三浦一族が600年ほど前にこの地に入り、室町時代末期から江戸時代にかけて棚田を築いたのが始まりです。収穫された米は津和野藩主への献上米になったと伝えられています。

大井谷地区は、かつて干ばつの被害を受けています。その際、同地区の一番上の屋敷の横にある直径1.2m、深さ30㎝の石製の「はんどう」(水がめを指す方言)に溜まったわずかな水を地区の全員で分け合い生き延びたといいます。

この伝承をもとに大井谷住民全戸の参加による棚田保全組織「助(たすけ)はんどうの会」が1998年に結成され、棚田の保全活動が始まりました。田畑を潤す水源と自然環境を保全していこうとする住民の意識は、現在もしっかりと受け継がれています。

江の川は中国地方最大の一級河川

島根県には、高津川とはことなる観点から個性的な一級河川があります。中国地方最大の規模を誇る江の川です。異名の「中国太郎」は、太郎は長男で最も大きいという意味が転じてつけられたもの。流域面積は約3800㎢あり、支流の数は355もあります。

江の川の流動

阿佐山の源流から南進して広島県北部に入り、土師ダム(安芸高田市)を経るとすぐに、ほぼ直角に北東へ向きを変えます。安芸高田市で流路の向きが変わるのは、この地域に日本海へ流れる江の川水系と、瀬戸内海へ流れる太田川水系とを分ける境界線(分水界)があるからです。
その源流は、島根県中部に位置する邑南町の最西端にある阿佐山(標高1218m)です。阿佐山は広島県との県境の上にあり、豪雪地帯の邑南町と北広島町にまたがっています。

江の川の地形面での大きな特徴は、中国山地の誕生より以前に流域が形成された唯一の「先行河川」であることです。つまり、まず江の川が形成され、その次に土地が隆起して中国山地が誕生したのです。その結果、江の川は中国地方の一級河川のうち、中国山地を貫流する唯一の河川となったのです。

江の川は広島から島根へと流れる

中国地方では、中国山地を挟んで島根県側の河川はすべて日本海に流れ、広島県側の河川はすべて瀬戸内海へ流れていきます。広島県北部を通過して日本海へ至る河川は、江の川だけです。広島県から見れば、江の川は南(広島県)から北(島根県)へ流れていく珍しい河川なのです。

江の川は早速島根から離れる

阿佐山の源流から南進して広島県北部に入り、土師ダム(安芸高田市)を経るとすぐに、ほぼ直角に北東へ向きを変えます。安芸高田市で流路の向きが変わるのは、この地域に日本海へ流れる江の川水系と、瀬戸内海へ流れる太田川水系とを分ける境界線(分水界)があるからです。

安芸高田市で北東に向かった江の川の流れは、三次市で北西へ進路を変えて中国山地を横切ります。途中、左岸側は島根県、右岸側は広島県となる流域を抜け、ようやく島根県へ入ります。その後、北進して八戸川と合流し、その先で日本海に注ぎます。

源流から江津市の河口までの直線距離は50㎞程度ですが、いったん広島県北部をめぐり、中国山地を貫流して島根県に入るため、流長は約200㎞におよびます。

江の川は早速島根から離れる

江の川の流路を示し、0:源流、0から1まで:上流域、1から2まで:中流域、2から3まで:下流域となっています。

江の川はたびたび水害をもたらしている

江の川は、太古から流域に洪水をもたらしてきた河川としても知られています。台風や梅雨のシーズンに集中豪雨が発生すると島根県中部に降る雨が広島県境をまわって流下し、各所で氾濫を起こしてきたのです。中下流部には、弘法大師の教えにより植えられたとされる竹林が水害防備林として今も残っています。

江の川は産業の発展に貢献

多くの洪水被害をもたらしてきたその一方で、江の川は山陽と山陰を結ぶ水路として、古くから河川舟運が盛んで、地域の産業の発展に貢献してきました。豊富な流量をもち、支流が多いため、日本海側と中国山地の広い範囲を結ぶことができたのです。
そのきっかけとなったのは、古墳時代後期に中国山地で始まった「たたら製鉄」です。たたら製鉄とは、砂鉄を原料とし、木炭の火力を用いて製錬して鉄を製造する伝統的な製鉄法です。

江の川の舟運ルート

鉄や木炭を舟で運ぶルートとして、中世には三次(現広島県三次市)と江津の間を往復する航路(上り5日、下り2日)が設けられました。精錬に必要な木炭は下流から三次へ運ばれ、江の川中流域で生産された鉄や鋼は河口の江津へ運ばれました。さらに江津で北前船に積み替えられて大坂方面へ輸送されました。また、陸路や太田川水系の舟運を使って安芸国(現広島県)へも運ばれたといいます。

江の川は、このように舟運に利用され、産業の発展に役立ってきました。これも地形がもたらした恩恵のひとつといえるでしょう。

江の川舟運の繁栄と衰退

1890年代には、支流の馬洗川や西城川、八戸川の船着場を含め、流域に49か所の船着場がありました。最上流の土師(はじ)(現安芸高田市)をはじめ、吉田浜(同)、三次五日市(現三次市)、郷田川端(現江津市)、粕淵(現美郷町)などは川港として栄えたといいます。

江の川舟運の終焉

しかし中国山地のたたら製鉄は1900年ころから斜陽化。さらに、発電を目的とするダム開発により江の川の航路は分断され、舟運は衰退していきます。同じころ、道路網が整備されたことから、舟運は1937年に途絶えました。

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Part.1 地図で読み解く島根の大地

・「弁当忘れても傘忘れるな」な島根の天気
・山陰地方と呼ばれるのは島根県と鳥取だけ?
・水質の良い一級河川「高津川」と大井谷の棚田
・隠岐諸島の「レッドクリフ」をはじめとする島々
・三県境と全国5番目に広い湖「中海」と7番目の「宍道湖」
・全盛期は東アジア最大、世界で2位の産銀量「石見銀山」は港まで続いていた?
・東京ドームほどの海浜公園「石見畳ヶ浦」

ほか

Part.2 島根を駆ける充実の交通網

・「銀の道」さらに「うなぎ街道」「鯖街道」とは?
・朝廷への情報伝達に使われた「官道」とは?
・土木学会が指定した土木遺産「福浦トンネル」
・一畑電鉄と一畑駅、大社線と大社駅
・Mランドドライビングスクールとは?
・JR木次線の「三段式スイッチバック」とは?
・島根の旧三江線トロッコ、初めて県境越え広島へ
・奥出雲おろちループ
・古代山陰道
・「ベタ踏み坂」江島大橋
・未成線広浜鉄道
・神にまつわる名前のついた10の駅
・最後の寝台列車サンライズ出雲

ほか

Part.3 島根の歴史を深読み!

・『日本書紀』『古事記』から神々を知ろう
・古墳も多い島根県
・『出雲国風土記』の世界「黄泉の穴」
・出雲大社を筆頭とする様々な「神社」
・「出雲」「石見」「隠岐」から「島根に」
・山陰のモンサンミッシェル?こと宮ケ島 衣毘須神社
・出雲の方言 東北の訛りとの共通点
・なぜ津和野町に「森鴎外記念館」が?「小京都」と呼ばれるわけ
・歴史的大打撃「廃仏毀釈」で失われたモノ
・島流しといえば「隠岐」?
・江戸時代の島根県、松江藩による出雲平野の開拓

ほか

Part.4 島根で育まれた産業や文化

・「相撲」発祥の地と言われる出雲
・名湯の多い島根県
・継承される多くの神楽と安来節
・歌舞伎の原型になったとされる「阿国歌舞伎」
・「玉鋼」と「たたら製鉄」と黒曜石
・日本で唯一「黄長石霞石玄武岩」を産出
・小泉八雲の作品と小泉邸

ほか

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