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地図を描いてみてわかったこと

少年B:
そこで、自分で描いてみたというわけですね。描いてみた結果、どうでしたか?

竹内:
娘からは「歴史と地理両方知りたい。でも地図帳だけを見てもわからない、教えて!」という話だったので、それをまとめてみました。

▲昭文社・竹内さんの描いた手描きの地図(地図は3月8日現在の情報をもとに作られています)

今和泉:
ホワイトボードに描かれたんですね。3色のペンをうまく使って、見やすく工夫されていると思います。

竹内:
手元に3色しかなかったもので……。地図を自分で描いていくことで、国のかたちだとか、川がここを流れているんだとか、そういったことが頭に入ってくるんですよね。

そして、ニュースになっている地名を自分で落とし込んでいくにつれ、今、その地方がどういう状況になっているのか、より考えるようになりました。

少年B:
ドニプロ―川の東側はかなり大変なことになっているぞ、という……。今回はあくまでも地図の話なので、戦争の詳細には立ち入りませんが、確かに小学生でも一目で状況がわかりやすいですね。

▲ケルチ海峡にはロシアが架けた橋がある

竹内:
あと、描いてみてわかったことはクルム(クリミア)半島の位置づけですね。ここはロシアがすでに実効支配をしている地域なんですが、3方が黒海に面していて、ドニプロ―川の河口にも近い。貿易上・軍事上極めて重要な場所なんじゃないかということが理解できました。

半島の東側、ロシアへと抜ける橋があるんですが、これはクリミア併合以降にロシアが作っているんですよね。そういう投資までしているという。

今和泉:
そうか、竹内さんは描いて覚えるタイプなんですね。

竹内:
そうなんですよ。昔から描かないと覚えられなくて。今和泉さんの場合はどうですか?

今和泉:
私の場合は書いて覚えることもありますが、どちらかというと「行って覚える」ことのほうが多いかもしれません。特徴的な形なら、見るだけでも覚えやすいですが。アメリカの州は今でも覚えられませんね。

▲アメリカの州は直線で分けられている部分も多い。ワイオミング州は四角形だ

竹内:
州の境界が直線ですからね(笑)。

少年B:
地図を自分で描く場合、竹内さんはどこから描き始めるんですか?

竹内:
まずは海岸線と川、ですかね。あとは基本的に県境や国境から描きますが、その中でも海や川に面していると、そこから描くことが多いです。

▲日本は島国なので、国の形を描こうとするとすべて海岸線になる

今和泉:
それ、もしかしたら日本人ならではの習性かもしれませんね。日本って島国なので、国の形を描くとするとぜんぶ海岸線になるので。

竹内:
あまり気にしていなかったんですが、言われてみるとそうかもしれません。もしかしたら内陸の、たとえばスイスに住んでいる人なんかは山脈が国境と一致しているので、「山に注目しがち」なんてこともあるかもしれませんね。

日本の川は特殊かもしれない

少年B:
地図の話に戻りますね。恥ずかしながら、ウクライナの地図を初めて見たんですが、チョルノービリ(チェルノブイリ)って、首都のキーウからこんなに近いんですね!

▲もういちど、竹内さんの描いた地図をどうぞ

▲昭文社の地図でも。キーウとチョルノービリ(チェルノブイリ)はおよそ110km。意外と近い

竹内:
キーウからチョルノービリまではおよそ110kmぐらいなので、日本で比べるなら東京から栃木の宇都宮とか、大阪から敦賀ぐらいの距離です。

少年B:
そんなに近いんだ! 国土が広いのに、わざわざそんな近くに原発を作るっていうのもなんか不思議な感じがしますね。

今和泉:
チョルノービリはベラルーシにも近いですよね。

竹内:
事故当時の気象の影響で、被害が大きかったのはベラルーシ側だったとも聞いています。

少年B:
そうか、日本は島国だから気にしてなかったけど、内陸だと国境を接した他国にも問題が及ぶ場合があるわけですね……。あと、思ったんですが、ドニプロ―川がデカすぎません? これ湖じゃん。

▲キーウを流れるドニプロ―川

▲キーウの中心部ではやや川幅が狭くなっているものの、それでも存在感は抜群だ(フリー写真)

竹内:
世界地図の縮尺(何百万分の1)でしっかり見える川ってすごいですよね。向こうの人たちからしても、湖ぐらいの感覚なんじゃないかな。対岸はまず霞んでいるでしょうね。調べたら、対岸までの距離がちょうど琵琶湖の狭いところとおなじぐらいなんですよ。

▲ほぼ同サイズの縮尺でドニプロ―川と琵琶湖を比較してみた(右は国土地理院電子国土WEBから作成)

少年B:
本当に湖だった……! しかも日本最大の。

今和泉:
日本人の感覚だと広いって思うかもしれませんが、逆に海外の方からすると「日本の川が狭すぎる」って思うかもしれません。日本の川は距離の割に標高差があるので、海外の人からは「日本の川? あんなの滝だ」なんて声もあります。

竹内:
富山県の常願寺川とかすごいですからね。わずか56kmのあいだに3000mの標高差がある。

▲富山県の常願寺川は、距離の割に標高差があることで知られる(フリー写真)

今和泉:
すぐ海まで流れちゃいますから。大陸だと、長い距離をゆったり流れている川が多いですよね。そういう意味では、日本の川が特殊なのかもしれません。

とはいえ、ドニプロ―川は世界のなかでもかなり広い部類に入ると思いますが。

竹内:
ベラルーシ南部にある「ドニエプル・ブク運河」によって黒海とバルト海を結んでますからね。海運にも利用されてきました。ただ、日本人はなかなかそういうイメージができない。

少年B:
運河っていうとパナマ運河しか出てこないんですが、こんなところにもあるんですね。

今和泉:
ウクライナには行ったことはないんですが、以前中国の武漢に行ったときには長江に「これ海に行くよね」ってぐらいの大きな船が来てて、印象に残っています。物流のための貨物船なんですが、下流まで2~3日かけて行くらしいんです。

▲長江(揚子江)には大型の船が通っている(今和泉さん撮影)

今和泉:
日本の川は、途中にはだいたい堰があるので、「船は入れないもの」だってイメージがあると思うんですが、あちらは標高差がなくて、大型船が入れるだけの水深の川が内陸の数百~千数百km先まであるという。

竹内:
日本の川ではありえないことですよね。

今和泉:
川の対岸までも数kmありますからね。長江には橋もあるんですが、船での行き来もぜんぜん残ってて。驚きましたね。日本だと橋ができたら船で行き来はしないじゃないですか。

▲キーウの街並み。この美しい景色が戻ってくることを願うばかりだ(フリー写真)

少年B:
たしかに、そんなイメージがあります。

今和泉:
だから、日本における川と内陸国における川って、言葉はおなじでもまったくの別物なんです。海外の地図を見る場合は、そういう前提の理解が必要な気がしますね。

気候区分は地図の上に乗るレイヤー

竹内:
あと、この図に書いてはないんですが、緯度を日本と比べてみるのもいい勉強になりますよ。クリミア半島と稚内の緯度が同じくらいなんです。

少年B:
北海道最北端の稚内とおなじ!? 極寒の地じゃん。

竹内:
いや、それが国の大半は冷帯湿潤気候なんです。記号で表すとDfaとDfbになりますね。暖流の影響で、緯度の割には暖かいんですね。気候的には、クリミア半島がギリギリ温帯あるいはステップ気候になるかどうか、ってところですね。

▲世界の気候区分図。ウクライナは冷帯湿潤気候のDfaとDfbにあたる

少年B:
あ、ツンドラ気候だとか、そういうわけじゃないんですね。

今和泉:
北海道か、アメリカの穀倉地帯と同じような感じなんですね。確かに、なんとなくツンドラっぽいイメージはあるんですが。

▲ヨーロッパ付近を拡大した気候区分図。ウクライナ(赤丸)の大半は水色(冷帯)であることがわかる。(一部はステップ気候という説もあり)

竹内:
地図っていうのはある種レイヤー(層構造)なんですよ。海岸線や山脈と言った地形もレイヤーだし、国境も人類が決めたレイヤーのひとつといえるわけです。

少年B:
国境をレイヤーってとらえるの、斬新すぎますね。たしかに言われてみればそうかも、って気持ちにはなりますが……。

竹内:
そういう意味では気候区分というのも、地球の営みを地図に落とし込んだレイヤーなわけですよ。現地の人たちの暮らしぶりとか農業とか土壌植生、もちろん温暖化問題などとも密接にかかわってくる情報を抽出したものなんですね。

今和泉:
うんうん。

少年B:
気候区分図も地図として読めちゃうんだ……!

竹内:
ウクライナからはちょっと離れてしまうんですが、フランスでは温暖化の影響でぶどうが獲れなくなってきているらしいんですよ。

今和泉:
ええー! 一大事じゃないですか。

竹内:
フランスではAOCというワインの認証制度があるんですが、10年後20年後には認定された畑で基準以上の品質のぶどうができなくなるかもしれないと。

気温が上がって、降水量が変わってしまったことで、いろんな問題が出てきてしまったんですね。温暖化の影響で、気候区分もどんどん変わってきているんです。だから、国外に活路を見出そうとしているんだとか。

少年B:
そういえば、フランスの老舗ワイナリーが函館に進出しているというニュースを見ました。ブルゴーニュで育てられている「ピノ・ノワール」や「シャルドネ」といった品種を育てるのに最適だとか。

竹内:
それですそれです。なんでも、世界中を調べた結果、函館の条件がフランスと近かったそうなんです。

今和泉:
へぇー、それはおもしろい話ですね。こういう気象区分をレイヤーにすると、ヨーロッパやアジア、アフリカなどといった、人の作った区分を超えてきますよね。

▲「なるほど知図帳’2005」収録のワイン地図。世界各地のワイン産地は気候や食文化、暮らしぶりなどの面で似ているところも多い。

今和泉:
古くは地中海で取れていたぶどうが、ヨーロッパ人のアメリカ進出とともに気候の似ていたカリフォルニアでも作られるようになった、ということもありますし、気候が似ていると農業やら特産物やら、ひいては文化も似てくる……と考えると興味深いです。

世界地図を見るときは緯度にも注意して

竹内:
すみません、だいぶ脱線してしまったんですが、少年Bさんはウクライナの大きさってわかりますか?

少年B:
ええっ、それがいまいちわからなくて。四国ぐらいですか?

今和泉:
ウクライナの面積は60万3,700平方キロで、日本の1.6倍なんですよ。

少年B:
ええーっ! そんなにデカいんですか!?

▲メルカトル図法で描かれた昭文社の世界地図

竹内:
さっき緯度の話をしたのは、じつはウクライナの大きさに関わるからなんですよ。よく目にする世界地図はメルカトル図法という方法で描かれているものが多いんですが、これは地球を紙でぐるっと巻いて円柱にしたものを、広げたと考えてください。

地球は球体なので、赤道付近では地球と紙が接していますが、緯度が上がる、すなわち北極と南極に近づくにつれて、紙と地球には距離が生まれますよね。

少年B:
はい。

竹内:
そうすると、緯度の高い地域ほど、横方向に拡大されてしまうわけです。ただ、それでは地形がいびつになってしまう。高緯度の国の形を維持するためには、縦方向にも拡大し、かつ横方向・縦方向の拡大率を一致させる必要があるんです。

今和泉:
写真を横に引き伸ばしたら、映っている人が太って見えてしまいますよね。でも、横と縦を2倍ずつ引き伸ばしたら、写真は大きくなるけど、映っている人の形はそのままです。

▲メルカトル図法の世界地図。グリーンランドの存在感がありすぎる

少年B:
なるほど、メルカトル図法の世界地図は北極や南極に近づくほど面積が実際より大きくなるんだ! そういえば小学校の地図帳ではグリーンランドがめちゃめちゃデカい印象があるんですが、あれも高緯度だからってことですか?

今和泉:
グリーンランドはじつは、サウジアラビアと同じくらいの大きさなんですよ。

竹内:
あれこそまさに、メルカトル図法のマジックですね。だから、ウクライナもけっこう実際よりも大きく映っている部分があるんですよ。

▲面積の歪みを少なくしたモルワイデ図法の地図で見ると、グリーンランドなど各国のおよその大きさがイメージできる(地図は1990年代のもの)

今和泉:
モルワイデ図法の地図だと、面積のずれが抑えられるので、おおよその大きさがわかりやすいですよ。グリーンランドの大きさが全然違いますよね。

少年B:
待って、地図でデカくなってるはずなのに、四国ぐらいとか言ってしまった……! これ、世界地図の仕組みとは一切関係のない間違いじゃん。恥ずかしい!

竹内:
たしかに、期待していた答えとはちょっと違う回答でしたね。

今和泉:
まぁ、行ったことのない場所をイメージしろ、って言うほうが難しいですからね。大丈夫ですよ。

少年B:
うーん、じゃあですよ。わたしみたいな人が、高緯度の国の大きさを正確に把握するためには、いったいどうしたらいいんですか?

竹内:
同じ大きさの日本を横に置けばいいんでしょうけど、自分で描くのは無理ですよね。やっぱり、面積や距離を物差しにしていくのがいいと思います。

黒海の面積が40万平方キロで、形はちがうけど、日本の面積とほぼ一緒なんですよ。ウクライナの面積だと、北海道7個と4分の1ぐらいですよね。

今和泉:
そうやって、身近なものとくらべていくと、ちょっとわかりやすいのかな、という気がしますね。中学校用の地図帳には、ヨーロッパのページにサイズ比較用の日本列島が描いてあるものがあった気がします。

少年B:
なるほど……。世界の国々を見るときは身近なものと比べつつ、困ったら中学校の地図帳を買おう。そしてグリーンランドは意外と小さい。わたし学びました!

まとめ

今回はウクライナを中心に、身の回りにある地図から世界を身近に感じるための方法を教えていただきました。

ひとつの国を見るのにも、いろんな種類の地図を見たり、違う視点で描かれた資料を重ねて見たり、自分で地図を描いたりすることで、その土地のことをより深く理解できるようになるんですね。

そして、どうかウクライナにふたたび平和が訪れますように。

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

筆者
少年B

1985年生まれのフリーライター。地図自体に造詣が深いわけではないが、地図を見ながら「こことここの間に道路ができたら便利だなぁ」などと妄想を膨らませるのが趣味のひとつ。(Twitter:@raira21

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