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【青森駅の歴史】明治24年に日本鉄道の駅とし開通、その役割は?

青森駅は1891(明治24)年9月、東北本線の前身である日本鉄道の上野〜青森間全通により開業しました。波静かな良港だった青森港にはすでに青函航路が存在し、青森駅から乗り継いで船舶で函館へ渡ることができましたが、1908(明治41)年3月には青森〜函館を結ぶための国営による青函連絡船の運航が開始されます。当初は港と連絡船は艀で結ばれ、接岸できるようになったのは1924(大正13)年3月でした。

【青森駅の歴史】輸送力が大幅アップ!「車両航送」とは?

この間に、車両艀による貨車航送が1914(大正3)年3月に開始されましたが、1925(大正14)年8月からは連絡船に貨車を積んで輸送する車両航送が始まり、輸送力が大幅にアップしました。

積み荷の積み替えを不要にした車両航送は画期的で、線路が敷設された桟橋の可動橋によって、車両甲板に貨車が積み込まれました。機関車が船舶に重量をかけないよう、積み込みの際は「控車(ひかえしゃ)」と呼ばれる貨車を連結して作業を行い、これは連絡船の風物詩となりました。可動橋のある桟橋は第1岸壁、第2岸壁、そして1944(昭和19)年3月に増設された第3岸壁があり、これらは青森駅の北側に設置されました。

【青森駅の歴史】函館トンネル完成、青函連絡船役割終了へ

他方、青森駅からの旅客の乗船は徒歩によるものでしたが、1924(大正13)年11月に桟橋待合所が岸壁上に完成。ホームから跨線橋を使い、駅を出ずに連絡船へ乗船することができるようになりました。

以来、青森駅に終着した列車は、市街地の駅舎側への下車客、北側の連絡船のりばの跨線橋への乗り換え客に二分されました。最盛期の昭和40年代には、上野駅からの夜行列車である急行「八甲田」「十和田」、寝台特急「ゆうづる」「あけぼの」、昼行特急の「はつかり」など、多くの名列車が青森駅に到着しました。とりわけ、大きな荷物をもち連絡船に向かう乗客の姿は印象的で、歌手・石川さゆりのヒット曲『津軽海峡・冬景色』の歌詞そのままの情景が見られました。そんな青森駅でしたが、青函トンネル完成をもって1988(昭和63)年3月に青函連絡船が廃止され、北の玄関口の役割を終えたのでした。

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地形、交通、歴史、産業…あらゆる角度から青森県を分析!

青森県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。秋田の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。地図を片手に、思わず行って確かめてみたくなる情報を満載!

Part.1 地図で読み解く青森の大地

・津軽・下北半島が陸奥湾を抱き 県央を貫く奥羽山脈が地形を二分
・火山がもたらした絶景や石灰岩 下北半島に刻まれた列島誕生史
・二重カルデラの十和田湖が生んだ奥入瀬渓流の渓谷美
・津軽富士と称される美しい岩木山は荒々しい火山地形を残す活火山
・古いカルデラの上に形成された八甲田山は火山地形の宝庫!
・東に段丘・西に砂丘・南に扇状地 岩木川がつくった津軽平野
・かつて潟湖だった小川原湖と広大な上北平野ができるまで
・地すべりでブナの原生林が誕生 太古の森が残る白神山地の成り立ち

・・・など

Part.2 青森を駆け抜ける鉄道網

・日本鉄道の駅として明治期に開業 北への玄関となった栄光の青森駅
・E5系・H5系「はやぶさ」が走り延伸を続ける東北・北海道新幹線
・車内で津軽三味線の生演奏!?「リゾートしらかみ」がゆく五能線
・函館への海底トンネルを掘削!?大湊線・大畑線・大間線の大計画
・日本初のステンレス車も活躍する東北最大の私鉄 弘南鉄道がすごい
・黄金の東北本線は新幹線で激変 新時代を走り出した青い森鉄道
・冬は石炭炊きのストーブ列車!ローカル私鉄・津軽鉄道の魅力
・レトロなレールバスがみちのくの原風景を走った幻の南部縦貫鉄道

・・・など

Part.3 青森で動いた歴史の瞬間

・マンモスを追ってきた人類が定着 中央に属さない独自の文化が発展
・豊かな自然のもとで生まれ1万年にわたり続いた縄文文化
・稲作を基盤とする弥生文化と北海道で発達した擦文文化が交錯
・和人の律令国家に取り込まれず蝦夷の地として交易で発展する
・奥州藤原氏が源頼朝に滅ぼされ武士たちの激しい抗争の時代へ
・十三湊を制して栄えた安東氏と室町期に台頭した南部氏の争い
・北東北最大勢力の南部氏から独立し弘前藩を築いた津軽氏とは?
・藩境争いに暗殺未遂、戊辰戦争…度重なる津軽と南部の紛争
・戊辰戦争後に紆余曲折を経て青森県が成立し近代化していく
・港町から県都となった青森では町人中心の町づくりが進んでいく

・・・など

Part.4 青森で育まれた産業や文化

・霊媒師イタコが霊場・恐山の象徴的存在となった理由
・諸大名が財を投じて求めた南部駒 青森県の馬産の歴史は古代から!?
・築100年のダムが現役!耐久性の高い青森ヒバ
・岩木山麓の原野を切り拓いて旧藩士たちが始めたリンゴ栽培
・大間のマグロに陸奥湾のホタテ! 青森県で水産物が豊かな理由とは?
・船上に車両を載せて海を渡る! 青森〜函館をつないだ青函連絡船
・セメント工場の設立をきっかけに漁村から工業地帯に変貌した八戸
・米軍・自衛隊・民間が利用する三沢飛行場は旧海軍航空基地だった

・・・など

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