かつて海のそばにあったオートレース場とは? 【東京都品川区】
東京の方なら、品川区にある大井競馬場の名前はご存知でしょう。しかし、この地にはもうひとつの「レース場」があったことを、知る方は少ないのでないでしょうか。古地図さんぽ、今回は、そんな知られざるレース場の...
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東京の方なら、品川区にある大井競馬場の名前はご存知でしょう。しかし、この地にはもうひとつの「レース場」があったことを、知る方は少ないのでないでしょうか。古地図さんぽ、今回は、そんな知られざるレース場の...
鎮西鎮台が置かれた熊本市は軍都として大きく発展していきますが、やがて日本は戦争に突入。第二次世界大戦の終結は熊本市にどんな影響を与えたのでしょうか?...
渋谷区恵比寿は、近年はお洒落な街、住みたい街として取り上げられる注目のエリアです。この「恵比寿」という縁起のよい地名、実は、かつてこの地に存在した、とある工場で生産されていた商品名が由来なのです。古地...
北方防衛の要として戦前から建設が始まった三沢飛行場は、今もなお重要な飛行場として米軍や航空自衛隊、そして民間航空が使用しています。...
北東北の工業生産の中心地、八戸臨海工業地帯は、八戸港の開発とともに発展してきました。その背景には、セメントの原料となる石灰石の存在もあります。...
明治以降、弘前や大湊は軍都と呼ばれるようになっていきます。やがて太平洋戦争の末期になると、青森も米軍の標的とされるのでした。...
当初は弘前に置かれた県庁は青森に移され、弘前県から青森県へ改称されました。青森の方が広大な県域の中央に近く、海運に便利な港があったからです。...
明治の近代化以降、青森県の農業は大きく成長しました。大正末期から昭和にかけての凶作を乗り越え、現在も青森県は日本の食糧事情を担い続けます。...
傀儡国家である満州国が建国後、新潟港は日満航路の指定港となりました。戦時下の新潟は日満航路の指定港として重要性を高めていきました。...
越後国内に分立していた小藩が、明治維新以降、紆余曲折を経て新潟県として併合された。全国1位の人口を誇りました、巨大な県の誕生です。...
「紙地図をたどれば、その町の歴史や人の営みが見えてくる」 実在しない都市の地図を描く、空想地図作家の今和泉隆行さんはそう言います。そんな今和泉さんに、今回は東京都江東区の変化について語っていただ...
山形市民の憩いの場となっている山形城跡には、かつて大日本帝国陸軍の歩兵第三十二連隊が駐屯していました。軍は市の近代化の一翼を担っていました。...
明治以降、産業の近代化と交通網の整備が進みます。地主制で疲弊した農村は戦後の農地改革で安定、しかし近年は、深刻な過疎に直面しています。...
地元では「にこたま」と呼ばれ親しまれている二子玉川。多摩川を望む公園や、多彩な店が集まるショッピングエリアがあり、幅広い世代から人気を集めています。以前は、遊園地がある街として知られていましたが、それ...
南アルプス市にはかつて、「ロタコ」という暗号名で呼ばれた旧日本陸軍の秘密飛行場がありました。 周辺住民ら約3000人を動員して建設されたこの飛行場の秘密に迫ってみましょう。...
北区赤羽は、安価で飲食できる店が集まる街として、知られるようになりました。この街の古い地図にあった謎の線路をたどっていくと、そこには、この街がかつて持っていた別の顔がありました。古地図さんぽ、今回は、...
オランダの技術協力の下、日本の技術力を結集し、最大50mのヘドロが堆積した超軟弱地盤に築堤。 日本第2の湖は20年に及ぶ干拓事業でモデル農村になりました。...
あたらしい時代を迎え、秋田県が誕生しました。 農業県として日本の近代化を下支えしますが、農村部は不況によって翻弄されるのでした。...
板橋区・高島平は、東京を代表するマンモス団地のある街として、その名を知られています。その巨大団地ができる前は、どのような土地だったのでしょうか。今回の古地図さんぽでは、当時の地図から、建設が始まった頃...
東京の方なら「日暮里・舎人ライナー」という路線名を一度は目にしたことがあると思います。ですが、その「舎人」へ行ったことがある方は少ないのではないでしょうか。古地図さんぽ、今回は、そんな「名前は知ってい...